第32話 覚悟はあるのかね
「失礼します」
コンコンと教授の研究室のドアを軽くノックして、僕は部屋の奥まで届くように大きな声で訊ねた。
ドアの向こうで、微かにがさごそと物音が聞こえているが、返事は無い。
「……教授が居留守か?」
怪訝そうに顔を歪めて、真人がガンガンと力強くドアを叩く。
「すみません! 聞こえますか? 俺達、課題を提出しに来たんですけど!」
「えっ? 課題って……。真人、何の話だい?」
馬鹿正直に問いかける僕の口を塞ぐと、真人は静かにしていろ、と全員にジェスチャーで伝えた。
暫く待っていると、部屋の中から書類の落ちる音が聞こえ、ガチャリと慎重にドアが開いた。
防犯意識が高いのか、僅かな隙間しかドアを開けなかった教授は、ドアの前に立っていた真人の姿を確認すると、僕達を研究室へと招き入れた。
「……入りたまえ」
研究室の中は、山積みの書類で埋め尽くされていて、足の踏み場もないくらいだ。
落ちている書類を踏まないように、避けながら部屋の奥へと入っていくと、申し訳程度に来客用のソファとテーブルが用意されていた。
「……それで、君は恭哉といったか、私に何の用かね。課題の提出というのは嘘だろう、君達の中に私の講義で見かけない顔がいる」
流石は教授。一度の講義に出席する生徒は百人を超えるというのに、僕達の顔と名前まで覚えているのだろうか。
「教授は、講義に出ている生徒の顔と名前を、全部覚えているんですか?」
「その質問に意味は無いな。君を知っていたのは、君の書いた論文を目にしたことがあったからだ。君は講義でも、欠伸をしている生徒が殆どの中で、私の余談を熱心に聞いていたからな」
なるほど。この世界の不自然さに疑問を投げかけるだけの論文ではあったけれど、それを見ていたのなら僕を知っていてもおかしくはない。
「……あれ? でも、それならどうして、あの論文を提出した時に批評して貰えなかったんですか?」
「……あぁ。それは君の論文の内容がまだ何も知らない、ただの仮説でしか構成されていなかったから、だな。ただでさえ、私は目をつけられているんだ。君みたいな者との接触は、避けるに越したことはない」
「目をつけられているっていうのは、他の教授達に……?」
「ふむ、君はどうにも質問ばかりだな」
教授の呆れたようなため息に、僕は知りたい一心で質問しかしていなかったことに気づく。
「君達は私に何の用で訪ねてきたのだね。そこの黒髪眼鏡の君。わざわざ、課題の提出などという嘘をついたのには、理由があるのではないのかね」
急に名指しされた真人は、教授が相手だというのにいつも通りのぶっきらぼうな様子で答えた。
「俺は丁寧に喋るとか出来ないんで、単刀直入に聞きますけど。陰謀論ってやつを講義の後に話していたせいで、誰かに目をつけられているんですか? 俺達は、最近の教授の様子がおかしいっていう噂を聞いて来たんです」
「敬語なんてものは記号だ。簡潔に伝わるのなら、どんな話し方だろうと私は構わない。……ふむ。簡潔に言えば、目をつけられている。と、いうよりも、既に監視されているだろうな」
「監視?」
「教育者として不適切だというのは建前に過ぎない。私を付け回している黒服が、私の仮説が真実に近いということを証明している」
「でも、あの黒服の人達は国の偉い人なんじゃ……」
「なんだ、まだそんなことを言っているのかね。私が目をつけられた理由は、
僕は、ごくり、と唾を飲み込んだ。
僕達だって、可能性として考えてはいた。この世界がおかしい、それはこの国がおかしいのだということを。
図書館の話だって、
それでも、心のどこかで思っていたのかもしれない。僕達は力のないただの学生で、その僕達が勝手に想像しているだけの絵空事なのだと。
教授から告げられたことで、それが事実となり、僕達の手には余るほどの巨大過ぎる謎に首を突っ込もうとしているのではないか、と今更ながらに実感する。
「君に、覚悟はあるのかね」
「僕の覚悟……」
国を、人の記憶を消せるような者達を敵にまわせるのか。
恐怖か、興奮による昂りか。僕は、震える拳を握りしめた。
「……謎解きごっこのつもりだったのかね。それならば悪いことは言わない、辞めてしまいなさい。これは、君達の為に言っているのだよ」
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