第30話 宜しくな。リーダー!

 



「予期せず休憩になってしまったけれど、息抜きにはちょうど良かったかな。これで、まだ話を聞いていないのは美樹だけだね」


 せっかくの和やかな空気を壊してしまうのが勿体ないと思ったけれど、僕はやんわりと美樹へ話の再開を促した。


「その、わたしは……。皆さんみたいに大したことじゃ、ないんです」


 大したことではない、と前置きをして、美樹はぽつりぽつりと話し始めた。


「本当によくある話で……。小さい頃、ずっと周りから無視されていた時期があって」


「いじめ、か……」


 美樹の言葉を聞いて、優斗の表情が険しくなる。


「まぁ、そういうことですね。昔からわたしは引っ込み思案だったから、きっと……皆を困らせていたんだと思います。だから、皆に無視されて……」


「なんで、美樹ちゃんが悪いみたいに言ってるの〜? 美樹ちゃんはされた側、なんでしょ」


「いえ、その、ありがとうございます。……でも、確かにわたしは嫌われていたんですよ。誰かに」


 誰かに。

 それはつまり、美樹はその相手を覚えていないということだ。


「その誰かについての記憶はないんです。だけど、誰かに嫌いだって、ハッキリ言われたことをわたしは覚えています。思えば、それがきっかけで、自分のことが嫌いになって、自分の殻に籠るようになった気がします」


 美樹の人格をねじ曲げるような出来事だったのだ。言った人物を覚えていなくても、その言葉だけが根強く残ってしまっているのだろう。


「……そして、わたしが知ってる人の中で、わたしを嫌いだと言った人がいないことを知ってるんです。その誰かがいなくなった日から、無視していた人達も、どうしてわたしを無視していたのかわからなくなったのか、普通に話してくれるようになりました」


「それって、いじめの首謀者だった子が、『死』んじゃったってことだよね〜?」


「そう、なりますね」


「いじめの原因が、その子と一緒に消えてしまったから、周りは美樹ちゃんを無視する理由がなくなったってことだね〜。……その程度のことで、人を無視するなんて、ボクには理解出来ないけどねぇ」


 隣に座っていた僕にしか聞こえないくらいの音量で、いじめに加担していた人を攻めるように優斗がぼやく。いつもの穏やかな笑顔とは違い、軽蔑するような鋭い視線に、思わず僕は顔を逸らした。


「……わたしの場合は、それだけのことなんです」


 それだけ。

 美樹はそういうけれど、きっと皆はこう思ってるのだろう。


『死ぬ』ということの意味が、僕たちにはまだわからない。それはきっと、悲しいことなんだろうと想像するしかない。


 だけど、美樹にとっては、その誰かが死んでしまったことは、よかったんじゃないだろうか。

 僕は、そんなことを考えた。


「ふふっ、わかってますよ」


「え、と……何のことだい?」


「誰かが消えてしまったのに、わたしはほんの少し、ほっとして……これでもう仲間はずれになることはないんだと安心してしまったこと。その人が消えて、嬉しかったんだろうっていうことを」


 返す言葉が見つからなくて、黙ってしまった僕に美樹は優しく微笑んだ。沈黙は肯定にしかならなかった。


「だけど、何も知らないまま終わるのは……やっぱり納得もいかないから。だから、気になるんです。……薄情ですよね」


「……しょうがないんじゃないか?」


「……え?」


 カップを見つめたまま、ぽつりと呟いた真人の方を、美樹が振り向いた。


「美樹にとっては、その子がいないほうが幸せに暮らせた。それはその子がいなくなった後の出来事が証明しているんだ。なら、美樹がそんなこと思うのだって、別に普通なことだろ?」


「それは……」


「嫌な奴がいなければいい、なんて誰でも考える。それがたまたま、本当に消えちまったってだけだろ。薄情だなんて、美樹が自分を貶めなくたっていい」


 ぶっきらぼうな言い方ではあったが、慰めようとしているわけではない、真人の素直な意見が美樹の心に響いたのだろう。


「……ありがとう、ございます。そんな風に考えたことは、なかったから……少しだけ、自分を許せるような気がします」


 少しは心の重荷を降ろせたんだろう。そう言うと、憑き物が落ちたような表情で、美樹は小さく微笑んだ。


 そんな二人の様子を眺めていると、僕の隣に座っている優斗が、悔しそうに拳を握りしめたのが見えた。


「やっぱり、真人くんには敵わないや……」


 またしても、僕にしか聞こえないくらい小さな声で呟く優斗に、声をかけようか迷っていると、真人の大きな声で引き戻された。


「これで、全員話したわけだが……恭哉? おいっ」


「え? あ、いや、ごめん。少しぼーっとしてたよ」


「まったく、しっかりしろよ。お前は、一応リーダーみたいなもんなんだから」


「いつのまに、僕はリーダーになっていたんだい?」


「強いて言うなら、このメンバーが集まった時からだな」


「シリマセンデシタ……」


「暗黙の了解ってやつだろ? なぁ」


 急にリーダーだと告げられて、ただの真人の思いつきだろう、ときょろきょろと他の四人の顔を見ると、当たり前だというように全員が頷いていた。


「どうして僕なんだい……? 真人のほうがリーダーに向いてると思うんだけどね」


「そりゃあ、お前が『この世界はおかしい研究室』の責任者だからな」


「また……そうやって、変な名前つけるのはやめてくれよ。……はぁ。まぁ、皆がいいならいいや」


 にやりと笑う真人に、何を言っても無駄だとわかっている僕は、大きなため息をついてリーダーになることを了承した。



「よし! それじゃ、宜しくな。リーダー!」


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