第29話 こんな日々が、ずっと続くといいな
「あっ、でも! 姫花が誰を好きになるか、まだわからないけど……。真人は駄目、だからね……?」
さっきまでの自信満々な様子はどこへ行ったのか。真人の話になると、途端に弱々しく、自信がなさげな莉奈が顔を出す。
「いや、ごめん。美樹にも言っちゃったのに、またあたし同じこと言ってる。……本当に好きになったら、いいんだよ? こんなこと言って、姫花が困るのだけは嫌だもん……」
そうは言っても、大切な友達だからこそ、言わずにはいられないのだろう。その友情に、亀裂が入らないように。
「だけど、そうなったら……応援だけは出来ないから、ごめんね。でも、ちゃんと見守る……から。それに姫花に好かれたりしたら、真人なんてもうイチコロ。……あたしに勝ち目なんてないからね」
「ひ、姫花? いひゃいよ、何して……」
気弱な表情で自嘲気味に微笑む莉奈の肩を、自分の方へ引き寄せる。
普段から温厚でおっとりしている姫花が、見せたことのない険しい表情をして、莉奈の両頬を引っ張った。
「……莉奈が弱気なことばっかり言うから、おしおき」
「ふぇっ?」
「莉奈が弱気なところを見せないようにしてるの、私は知ってる。だから、見せるつもりがないんだったら、最後まで隠さなきゃ。そんな泣きそうな顔で無理に笑っちゃ駄目、弱気になっちゃ駄目。本当に笑える時にだけ笑ってよ」
それは一見厳しいことを言っているように見えたが、姫花の視線は真っ直ぐ莉奈を捉えていて、励ましているようにも見える。
「スパルタだなぁ……。ははっ、姫花って意外と厳しいんだ」
「厳しくないよ……。弱気じゃなくて弱音なら、聞いてあげるし励ましてあげる。でも、莉奈を貶めるのは莉奈でも駄目。私、許さないからね」
「……うん。ありがと。あたし、ちゃんと笑えるように頑張るから!」
「隠すほうじゃなくて、悩みを無くすほうで、ちゃんと頑張ってね」
「あーあ。なんだかんだ、姫花には全部見透かされてるような気がする!」
「そんなこと、あるかも……?」
そう言うと、二人は顔を見合わせて、くすくすと微笑んだ。
「ねぇ、姫花ってどこまで気づいているの?」
「莉奈から聞いたことしか知らないよ。それ以外は憶測だから……。話せるようになったら聞かせてね?」
「うん。わかった」
莉奈は、ぱちんと両手で自分の頬を挟んで気合いをいれると、いつも通りの明るい笑顔で自分の胸を叩いてみせた。
「なんか、あたしの愚痴を聞いてもらっちゃったみたいになってごめんね! 姫花も、美樹も、なんか悩んだら、すぐあたしに相談していいからね! こう見えて、恋の相談に乗るのとか超得意なんだから!」
「ありがとう。その時はお願いするね」
「ありがとうございます。わたしも、話聞いてもらっちゃって」
給湯室に来てからの恋話で、三人はすっかり打ち解けたようで、お互いの指先だけをぎゅっと握り合うと、顔を見合わせて微笑んだ。
「ねぇ、随分かかってるみたいだけど大丈夫〜? 紅茶、まだかかりそう?」
「……優斗くん。すみません、すっかり話し込んでしまって」
「ふふっ、美樹ちゃんが二人と仲良くなれたみたいでよかったよ〜。あれ、どうかしたの〜? なんだか顔、赤くない?」
「な、なんでもないです。きっと給湯室が暑かったのかもしれません……。お喋りしていたから、まだ淹れてなくて……すぐに淹れますね」
「うん、ありがとう〜。心配で見に来ただけで急かしに来たわけじゃないから、ゆっくりでいいからね〜」
「ふふっ。なるべく、急いでゆっくり淹れますね」
「うん、よろしくね〜。カップの棚、高いでしょ。ボクも手伝うよ。カップは、これでいいかな?」
「それだと人数分には足りないから、こっちの……。あっ、大丈夫です! ここなら自分でとれますから」
優斗が人数分のカップを取ろうと、棚の近くにいる美樹に近寄った。近くまで来た顔に慌てた美樹が、咄嗟に申し出を断ると静かに優斗から距離をとった。
「じゃあ、向こうまで持っていくのは、ボクにやらせてくれる? 一度に運ぶにはちょっと重たいでしょ〜」
「……それじゃあ、お願いしますね」
「うん! 任せてよ〜」
紅茶を運ぶ優斗の三歩ほど後ろをちょこちょことついて戻っていく美樹を見ながら、莉奈は小声で呟いた。
「美樹はあぁ言ってたけど、確かに微妙な距離感だよね。優斗っていい奴だけど何考えてるか、よくわからないんだよね」
「私にもわからないけど、あの二人はあの優しい距離感がまだ丁度いいんじゃないかな」
「そだね。に、しても、美樹って本当に落ち着いてるよね。あ、そうか。三歩後ろを歩くのは、大和撫子の基本……ってことね」
「うん。凄く丁寧に言葉を選んで話してくれているから、きっと周りに気を使っちゃう子なんじゃないかな。……美樹ちゃんともっと仲良くなりたいね、莉奈」
「うん。あたし達で、美樹の敬語の裏側を暴いてやろーね!」
二人きりで残された給湯室で、姫花と莉奈はそっと拳を合わせると、美樹の後ろ姿を柔らかな眼差しで見つめていた。
「おーい、莉奈! もう紅茶持ってきてくれたのに、何してるんだ。お前の分、冷めちまうぞ! というか、早く来ないと俺が飲んじまうかなー!」
「わぁっ、待ってってば! 真人のバカ! 人の分まで飲もうとしないでよ!」
慌てて研究室の中に戻っていく莉奈を、姫花はにこにこと歩きながら後を追った。
「真人、あんまりからかってやるなよ……。いくら、反応が面白いからといっても、莉奈は全力で反応してるんだから」
「悪い悪い。つい、反応が面白くてな」
くくっ、と意地悪そうに笑う真人に、珍しく姫花が同意する。
「莉奈、とっても素直だから……。面白い反応するよね」
「ちょっとぉ! 姫花と、恭哉まで、あたしのことそんな風に思ってたわけ? って、優斗危ない! そんな持ち方してたら紅茶こぼれるってば!」
忙しく隅から隅までツッコミ続ける莉奈に、和んでいると、端っこに座っていた優斗が紅茶をこぼしていた。
「……あちゃー。こぼれちゃった〜」
「大丈夫ですか? このハンカチで拭いて下さい」
「ごめんね〜。洗って返すから」
「そんなのいいですよ。紅茶を拭いただけなんですから」
ドタバタと賑やかになった研究室に、僕は自然と頬が綻んだ。
真人以外にも友達が出来て、恋なんて初めての感情に戸惑って、くだらない話で笑い合って……。
こんな日々が、ずっと続くといいな。
僕達は、こんな日常が当たり前になって、これからもずっと続くと信じていた。
――あの日、あんな事件が起きるまでは。
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