第28話 箱入りの種

 



「美樹ってば、凄い褒めてくれるじゃん! なんか照れるなぁ。……っと、姫花? なんか、さっきから存在感なくなるくらい静かだけど大丈夫?」


「う、うん。大丈夫だよ。なんかね、二人はいろいろ考えていて凄いなぁって思って。私は、考えたことなかったから……」


「まぁ、姫花はそうかもね。高嶺の花っぽく見えるのか、声掛けてくるような奴もいないし、そもそも男友達とかもいないもんね」


「うん。だから、二人の話は参考になるなぁって、聞いてたの……」


「何! まさか、姫花も恋しちゃったの? やっぱり今朝、恭哉となんかあったの?」


「あったって言っていいのか、なんていうか……」


 珍しく、もごもごと口ごもっている姫花の肩を掴み、がくがくと揺らしながら莉奈が問い詰める。


「まさか! 変なことされてないよね!? 恭哉なら大丈夫だと思ってたけど……嫌なこととかされてない?」


「ないない! されてないよ!」


「へっ?」


 食い気味に大きな声で否定する姫花に面食らってしまう。


「……いや、姫花もそんなふうに慌てたり、そんな大きな声出せるんだーって、びっくりしちゃった……」


 大きな声を出してしまったことに、自分でも驚いたのか、はたまた恥ずかしかったのか、姫花は片手で顔を隠しながら、小さな声で抵抗する素振りをみせた。


「慌てて、ないよ。……大きい声も出してないもん」


「いやいや、出てたって。全力で恭哉のこと庇おうとしてたね、あれは」


「それは、何もしてないのに恭哉くんが誤解されたりしたら……困るから」


「……まったく。冗談だって、姫花ってば真面目なんだから。恭哉が姫花の嫌がることなんてしないのなんてわかってるよ。それで、でも、何かあったんでしょ?」


 莉奈にからかわれていただけなのが分かると、姫花は疲れたように肩を落とした。


「別にね、何があったってほどでもないんだけどね。恭哉くんと、手が、あたったの。本当にそれだけ……なんだけど」


 たどたどしくも、その時の状況を伝えようとしている姫花に、うんうん、と莉奈は静かに頷いた。


「暖かかったな、とか。恭哉くんの手が、ごつごつしていて意外と大きくって、私とは違うんだ、男の人なんだなって思ったら、私……変に意識しちゃったの」


「あー、わかる! ごつごつした手とか、筋張った腕とか、ふと男の人だなーって感じると、きゅんとしちゃうよね!」


 男を意識しがちなポイントなのだろうか、美樹も隣でこくりと頷いている。


「それで、多分、私の緊張が恭哉くんにも伝わっちゃったんだと思うの。なんだか変な空気っていうか、ぎこちなくなっちゃって……」


「それで今日、不自然なくらい二人の目が合ってなかったわけね」


「あっ、皆で真剣な話してる時は、もう平気になったんだよ。でも、さっきの事を思い出すと意識しちゃって、顔が見れなくなっちゃうの」


 火照った頬を抑えるように両手で包み込むと、姫花はもじもじと体を捻った。


「……くぅ〜! いいな、いいな。甘酸っぱーい! でもさ、それって、恭哉の方もぎこちなくなってたってことでしょ?」


「うん。目を合わせられなくって、何を話していいかもわからなくって。お互いにぎくしゃくしてたかも……」


 姫花は戸惑いを隠すように俯くと、前で組んだ指を弄り出す。


「……ねぇ、美樹」


「なんでしょう、莉奈ちゃん」


「……姫花がめっちゃ可愛すぎる! 甘酸っぱいことしてるぅ!」


「わたしは、小説のワンシーンみたいで好きですよ。そのシチュエーション」


「そういうやつなら、あたしも好きだけど! なんか! 羨ましい! 恭哉も絶対意識しちゃってるやつじゃん!」


「そうですね。普段の恭哉さんなら、何事も無かったようにいろんな話題を降ってくれたりしそうですもんね」


「そうそう! おっと、僕の手が君に惹かれてしまったようだ、ごめんね。お姫様? とか、言いそうだもん!」


 好き勝手に盛り上がり出す莉奈と美樹を、おずおずと姫花が制止する。


「あの、莉奈……? 美樹ちゃん……?」


「いいの! 姫花はそのままでいて! 俗世に関わらなくていいんだからね!」


「そのままって……?」


「ありのままの箱入り天然娘の姫花でいてねってこと!」


「私、箱入りでも天然でもないもん……」


「いや、箱入りだし、天然ではあるでしょ」


 納得いかないという様子の姫花に、莉奈は年下の妹を見るように優しく微笑んだ。


「姫花はさ、無理に考えるよりも、自然のなりゆきにまかせて、少しずつ歩み寄ればいいってこと。そうすれば、きっと姫花の答えに辿り着けるはずだから」


「私の、答え」


「まずは、友達として恭哉のことをちゃんと見ること!」


 ビシッ、と姫花の顔を指差して、莉奈は言った。


「姫花なら大丈夫。それが恋なら、好きが溢れだして、絶対に気がつけるから」


「……ありがとう、莉奈」


 自信満々に告げられた親友の言葉は、妙に説得力があって、胸の奥があたたかくなった。


 このきもちが育つまで、信じて待ってみよう。

 姫花は、見たことのないこいに思いを馳せる。



 花が咲く日を夢みて、心の箱にそっと種を植えた。


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