第27話 好きになれないんです
しんみりと静まり返った空気を変えたのは、莉奈だった。
「なーに、皆して暗い顔してんの! せっかくの可愛い顔が台無しだよ!」
にぱっと歯を出して笑うと、莉奈は両頬に指を突き刺して、姫花と美樹に笑顔を促した。
「そういう美樹は、優斗のことはどうなの?
何気なく溢れた美樹の気持ちを、莉奈の恋愛センサーは逃さなかったようで、暗い気持ちを吹き飛ばすように、莉奈はにやにやと問い詰める。
「ほら、実際にリアルで出会ってみてどうだったの?」
「えっ、優斗くんですか? それは、その……」
急に矛先を自分へと向けられてしまい焦る美樹を、莉奈がじわじわと壁際へと追い詰めていく。その間にも、姫花はどことなく上の空な様子でにこにこと微笑みながら、二人のやり取りを静観していた。
「電話の時と同じで、凄く優しくて……。こんなわたしにも気を使って話してくれて、いい人だと思いますよ」
「うんうん。優斗はいいやつだよね。で、かっこいいとか思わなかったの?」
「……いえ、その、かっこいいと、思います」
「それでそれで? 好きなんだよね!」
莉奈は恋話をするのが楽しくて堪らないといった様子で、水を得た魚のようにいきいきと食いついている。
「……好きですよ」
あまりにもあっさりとした返答だった。
照れるわけでもなく、事実のみを淡々と述べている美樹に、聞き出そうとしていた莉奈の方がたじろいでしまう。
「出会いがネットだったからこそ、気軽な気持ちで話せていたんです。だから、優斗くんは初めての異性のお友達で。だから、いつも優しく話してくれる優斗くんをわたしが好きになってしまうのに、時間はかかりませんでした」
美樹は、まるで苦い思い出でも語るようなトーンで淡々と話し出した。
「優斗くんはきっと誰にでも優しくて、わたしともお友達としてお話してくれているのに、すぐに恋愛に結びつけてしまった自分が、嫌で嫌で堪りませんでした。優斗くんにとって、わたしはお友達で、決して
友達として仲良くしてくれている優斗に、恋愛感情を向けてしまった自分に自己嫌悪しているようで、美樹は自分のことを呆れたように語っている。
「どうして、そんなに自分を落とそうとするの……? 美樹ちゃん、まるで悪いことみたいに言ってるけど……優しくされて、好きになっちゃうなんて、凄く自然なことだと思う……」
少し怒るような物言いの姫花を、美樹はやんわりと拒絶した。
「……わかってます。だけど、期待しちゃう自分のことが、かっこ悪くて……わたしは好きになれないんです」
そう言って、美樹は困ったように微笑んだ。
「わたしのことを友達として大切にしてくれている、そんな優しい優斗くんだからこそ、この気持ちに気づかれたくないんです。わたしが告白なんてして、この今の関係を壊してしまうようなことはしたくないんです」
「あたしも、ちょっと美樹の言うことわかるかも。勘違いしちゃいそうになる時って、なんかドキドキする気持ちとは別に、期待しちゃって恥ずかしいなって冷静に自分を見てる自分がいる感じ」
「そうなんです……!」
「それってやっぱ、恋する女の子の当たり前なんじゃない? 特別なことじゃないよ。だから、美樹はもっと自分のこと、図々しく好きになってあげてもいいんじゃない? ほら、あたしみたいにさ!」
「……そう、なんですかね。ありがとうございます」
美樹は小さな声で、呟くようにお礼を言った。
「姫花ちゃんも、卑下しすぎてしまうわたしのこと、怒ってくれてありがとうございます」
「う、ううん! むしろ、怒っちゃってなんかごめんね! 私、莉奈みたいに恋って、あんまりわかってなくって……」
「ふふっ。真剣に聞いてくれた証拠ですから、嬉しかったですよ」
微笑みながらそう言った美樹に、姫花はほっと胸を撫で下ろした。
「にしても、友達以上気になる人未満の関係かぁ」
「友達としてもまだ距離が掴めてないですけどね。……まだ、この気持ちを恋だと受け入れる勇気なんてありませんから」
「そうだよね。恋って楽しいっていうけど、ほんとは怖くて辛いもんね」
「莉奈ちゃんの恋は……辛い、ですか?」
「辛いだけってことはないんだけどね。ビターな恋ってやつかな! 楽しいなんて言ってるのは、両想いの人達だけ! 片想いは辛くて当然だもん。それでも一緒にいたくて、一緒にいると楽しくて……好きになっちゃったら、もうしょうがないじゃん!」
「ふふっ。そうですね」
「あれっ? あたし、なんか変なこと言った?」
「いえ、莉奈ちゃんは、前向きでかっこいいなぁって思って」
「そう? やった! あたしかっこいい?」
美樹は力一杯頷いて肯定すると、もう一度、噛み締めるように呟いた。
「莉奈ちゃんは、強くて……かっこいいですよ」
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