第26話 後悔しませんか?

 



「もう、何よ! 真人のバカ! バカバカバカバカー! しょうがないじゃん、お腹すいちゃったんだから……普通、そういう時って気付かないふりするものじゃないの! お腹ぐらい鳴るよ! 人間だもん!」


 移動するやいなや、床に向かって全力で真人へ抗議する莉奈の肩を、美樹がぽんと優しく叩いた。


「そ、そうですよ……。でも冗談で言っただけで、真人くんは気にしてないと思いますよ?」


「わかってるもん……。でも、気にしてないのが逆にムカつくの!」


「なんでですか?」


 言っていることが矛盾している、と美樹が首を横に傾げた。


「それは、だって……。真人はあたしのこと、女の子として見てくれてないんだなぁ……とか。そういう意味で、気にしてくれないんだなぁ……とか」


 はっ、と語り過ぎたと莉奈が顔を赤らめる。


「だ、だから、そのっ、あたしばっかり、あいつのこと気にしちゃっててバカみたい! ってこと!」


 真人への想いが全身から溢れ出しそうな様子の莉奈を見ると、姫花と美樹は顔を見合せて微笑んだ。


「その……美樹はさ、真人のこと、好きになっちゃったりしないよね……? いや、違うの。本当に好きになるなら仕方ないもん。あたしが止めたりなんか出来ないけど……わかってるけど、真人って女の子に優しいし、美樹も好きになっちゃっても仕方ないっていうか……」


「大丈夫ですよ。わたしなんかが、真人さんを好きになるなんて、そんな身の程知らずなことはしないですから……」


 新たなライバルの出現を危惧して、早口でまくし立てる莉奈の言葉を、美樹は自虐的に否定した。


「身の程知らずって……なに言ってんの! 美樹ってば、ちょー可愛いんだから、美樹がライバルになったら負けちゃうかもって心配してるんだし! そもそも、あたしは妹扱いで土俵にすら上がれてないわけで……って、あぁ、もう恥ずかしい! あたし何言ってるんだろ」


「……ふふっ」


「美樹、何笑ってんのよ……」


 恨みがましい視線を送る莉奈を、美樹が優しい眼差しで見つめた。


「莉奈ちゃんは、本当に真人くんが好きなんですね」


「……うん。……まぁ、ね。……好き、だよ」


 真っ赤になった頬を押さえながら、バレバレだったよね、と両手で顔を覆う莉奈を見て、美樹はくすり、と笑う。


「まぁ、わかりやすい……ですよね。わたし、普段はそんなに人の機微とか、わからないんですけど」


「だよね……。あたしの気持ちに気づいてないのなんて、あいつぐらいなんじゃん?」


「告白は、しないんですか……?」


「告白!? ないない! する勇気もないし、絶対に出来ないって! それに、あたしじゃ駄目なんだもん……」


 突然の質問に動揺しながら、莉奈は時折寂しげな表情で俯いた。


「……でも、二人とも息ぴったりで、凄くお似合いだと思いますよ?」


「……うん。仲はいいよ? でも、あいつにとって、あたしはそういうのじゃないんだ。妹扱いだもん、望みなんてないない! 告白なんて、出来ないよ……」


「そう、ですか……。難しいですね、人の気持ちって」


 そう言って、美樹は何かを考える素振りをすると、神妙な面持ちで切り出した。


「後悔、しませんか……?」


「後悔? 真人に彼女が出来ちゃったら、ってこと?」


「いえ、そうではなくて……伝えなかったことを、です。その……わたしが言えることではないかもしれませんが、いつ伝えられなくなるのかなんて、誰にもわかりませんから」


 大切な人の記憶が消える。

 名前も、思い出も、その間に生まれた感情さえも。


 この世界がおかしいのなら、伝えることもなく、知られることもなかった気持ちは、いったい何処へ消えてしまうのだろうか。


 先刻まで話していた記憶の話と繋がってしまい、はた、と三人は動きを止めた。

 ただの恋話だったはずのこの話も、記憶の話と無関係ではないことに気づいてしまった。


「もし、わたしの記憶を忘れられてしまったとしたら、は、全部無意味だったってことになっちゃうんでしょうか……。全てが、なかったことになってしまうんでしょうか」



 ぽつり、と呟かれた美樹の問いかけは、誰にも拾われることはないまま、三人の間に沈黙が訪れた。


  • Twitterで共有
  • Facebookで共有
  • はてなブックマークでブックマーク

作者を応援しよう!

ハートをクリックで、簡単に応援の気持ちを伝えられます。(ログインが必要です)

応援したユーザー

応援すると応援コメントも書けます

新規登録で充実の読書を

マイページ
読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
フォローしたユーザーの活動を追える
通知
小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
閲覧履歴
以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
新規ユーザー登録無料

アカウントをお持ちの方はログイン

カクヨムで可能な読書体験をくわしく知る