第25話 大切な妹

 



「恋……? って、いうと、男女がお互いに価値を感じて求め合う、あの恋のことかい?」


「その恋だ。……お前は、AIかなんかなのか? 人間の感情を説明します、みたいな言い方しやがって。……まぁ、お前は感情まで理屈で理解しようとする奴だから、仕方がないのかもしれないが」


 なんだか、面倒な奴だと言われているような気がしないでもないけれど、実際その通りなのだから、反論などはしないで黙っていることにした。


「僕が……。姫花に恋をしているのか?」


「あー、なんだ。お前は深く考えるな。手が触れた時、思考回路がめちゃくちゃになったんだろ? 胸が苦しかったんだろ? その可能性があるんじゃないかって言っただけだ」


 そう言うと、真人は困ったように髪の毛をぐしゃぐしゃと掻いて、僕の肩をぽん、と叩いた。


「だからといって、何か変わるわけじゃない。普通にしてればいいさ。お前がよく言ってるだろ。余計な情報は、真実を隠すこともある、ってな」


 それは少し違う話なんじゃないか、なんて思ったけれど、大人しく僕は口をつぐんだ。


「ま、好きかどうかなんて一緒にいればわかるんだ。いくらお前が鈍くても、その気持ちが本当に恋だったとしたら、そん時に気づくさ」


「そういうものなのか……」


「そういうものなんです」


 教え子を諭すような口調で、恋愛ついて語る真人を横目に、優斗が給湯室の方を指さして言った。


「女の子たちもなんだか話し込んでるみたいだね〜。

 案外、姫花ちゃんも同じ話をしてたりして。……紅茶を淹れるだけにしては遅いし、もう少ししたら、ボク、様子を見に行って来ようかな〜」


「おう、頼む」


 僕も性別なんて深く意識したことはなかったけれど、無意識に女の子だけの空間に入り込むのには抵抗があったようだ。

 遅くなっている女性陣を気にかけてはいたものの、優斗のように様子を見に行くと言い出せなかったことに気づく。


「でも……。恭哉くんって、女の子に優しいな〜って思ってたけど、案外恋愛したことないんだね〜」


「こいつの周りって言ったら、俺とか物好きな男どもばっかりだったからな。それにこの理屈屋は、恋愛なんて感情が先にくるような話とは無縁だったからな」


「なるほどね〜。誰にでも紳士的なのは、慣れてるわけじゃなくって、寧ろ女の子と話し慣れていなかったってことか〜」


「優斗はそういうとこ、器用そうだよな。好きな相手が出来ても、どんどん話しかけてそう」


「そんなことないよ〜。ボクだって不器用だよ〜? 本気の相手だからこそ、凄く慎重になるよ」


 もしかして、優斗にはそういう相手がいるんだろうか。特定の相手でも思い浮かべたのか、優斗の表情が柔らかくなったような気がする。


「せっかくだから、聞いておくけど〜。真人くんは好きな子とかいないの? 結構モテてるみたいだけど」


「別にモテてないぞ? でも、そうだな。俺はそういう相手はいないな。そこまで仲良くなる女の子もいないってのもあるしな」


「ふ〜ん。それじゃあ、莉奈ちゃんはどうなの〜? 仲良さそうだけど」


 きっと、優斗も莉奈の気持ちには気づいているのだろう。僕だったら自然な雰囲気では聞けないだろうな、なんて感心しながら、真人の応えを待った。


 初めてそういう恋愛事に触れたからか、他人事ながら、どうか莉奈の気持ちが実って欲しいと、真人の返事に期待してしまう。


「ははっ。考えたこともないな。まぁ、莉奈は妹みたいなもんだからな!」


 本当に考えたこともない、といった様子で告げられた言葉に、なぜだか僕の心がちくりと痛んだ。

 好きな相手から、これを告げられた莉奈はどんな気持ちだったのだろう。


「……それ、莉奈ちゃんには言ったことあるの〜?」


「ん? そりゃあ、あるぞ。あいつは、俺にとって大切な妹だ、ってな」


「……ふ〜ん。そっかあ。それ、あんまり莉奈ちゃんには言わないほうがいいよ〜」


 一体、何を言うつもりなんだろう。莉奈の気持ちを伝えてしまうのではないか、なんて勘ぐってしてしまって、優斗の言葉に、どきりと心臓が跳ねた。


「同じ年齢の女の子なんだよ〜? もっと、ちゃんと女性として見てあげなくちゃ。女の子はいつだって背伸びしたいんだから、妹扱いなんて嬉しくないんだよ〜」


 莉奈の気持ちには触れないように、遠回しに助言をする優斗を、尊敬の眼差しで見つめていると、優斗はパチりとウインクをしてみせた。


「そういうもんなのか? ……同い年、か。確かに、あいつだって、いつまでも幼いわけじゃないんだもんな」


「そうだよ〜。女の子の方が、精神年齢は高いって、よく言うでしょ〜。……じゃあ、そろそろ給湯室の様子見てくるね〜」


 そう言って、給湯室へと向かう優斗の背中を見つめながら、真人がぽつりと呟いた。


「莉奈、か。……周りからは、そう見えたりするってことなのか? あいつは恋愛とか、そういうのじゃないんだけどな。それにしてもあの反応……まさか、優斗のやつ、莉奈のことが好きなのか? せっかく集まった仲間なんだ。恋愛でぎくしゃくするのは御免だぞ……」


 真人とこんな話をしたことがなかったからか、僕はその呟きにどう応えていいのか、わからないまま口を噤んだ。



「大切な妹を、そんな目で見ちゃいけませんよっ……てな」



 小さな声で呟かれた真人の言葉は、莉奈の気持ちを知っている僕からすればあまりにも残酷で、僕は聞こえないふりをした。


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