第36話 好奇心は猫をも殺す
「私は、この杜撰な情報統制の中で、これ程までに同志がいないことを不審に思った。そして、考えたのだ。この世界がおかしいなどと言っている者こそ、精神異常者として、重度の病人として扱われているのではないか、と」
僕や真人も、精神異常者という扱いは受けていたわけだけれど、それは学生という身分であったからか、せいぜい厨二病扱いと同等の軽い話だった。
「私の立場は腐っても教授であり、研究者だ。だが、一般人であったのなら、病人は病人らしく精神病棟に集められているのではないか。そう考えた私は精神病棟へ足を運んだのだよ」
鎖に繋がれ、ベットに繋がれ、医者も滅多に寄り付かず、硝子越しに会話をするという精神病棟は、とても人を生かす場所ではなかったと教授は言った。
「次の研究で精神異常者の精神構造の論文を書くと言ったら、入ることが出来てね。私の想像通り、同志は精神病棟という檻の中にいたのだよ」
教授は、その人から精神病棟に収容されるに至った経緯と、図書館の隠し部屋の話を聞いたのだと語った。
更には、その話を聞いて、図書館へと頻繁に足を運ぶようになってから、教授に向けられた監視の目が厳しくなったのだと言う。
「精神病棟で出会った彼も、図書館の隠し部屋の入り方は分かっていなかったようだが……この世界の成り立ちを調べているうちに、図書館がこの国で一番古くに建造された建物である事を突き止めたのだそうだ」
そして、図書館の隠し部屋に辿り着いて、これから入り方を探ろうとしていた時、その人は謎の黒服に捕まって精神病棟に放り込まれたのだそうだ、と教授は渋い表情でペンを強く握った。
「図書館の隠し部屋って……」
最近聞いたばかりのキーワードに、僕が美樹を見つめると、美樹は小さく頷いて言った。
「わたし、図書館の隠し部屋の入り方を、知っています……」
「……なんだと?」
がたり、と椅子を倒して、教授は立ち上がった。
「その部屋に入らなかった後悔が、わたしが今、ここにいる理由なんです」
美樹の言葉に何を思ったのか、教授はぐにゃりと顔を
「……私にも隠し部屋の入り方を教えてくれないか。ずっと探していたのだが、どうしても正解の道へ辿り着けないのだ」
教授は美樹の両肩をがしりと掴むと、興奮したような様子で、食い気味に詰め寄った。
切羽詰まった教授の表情に、美樹はこくり、と頷くと、図書館の隠し部屋への道順と入り方について、熱心に教え始めた。
「……なんと。君はよく、そこへ辿り着けたな」
「わたしは、小さな女の子が何度も試しているのを見ていたから気づいただけで……運が良かったのかもしれません」
「運だけでは辿り着けない。君の執念に似た好奇心が、それをなし得たのだろう」
滅多に褒めない教授からの心からの賞賛に、美樹は少しだけ嬉しそうに微笑んだ。
「だが……だからこそ、こんなことを言わねばならないのが心苦しい。……君達は、図書館へはまだ近づかない方がいい」
教授が重々しく口を開く。
「精神病棟の患者の彼も、そこに近づいたことがきっかけで捕まってしまったのだ。動くのならば、慎重にならなければいけない。まずは、既に目をつけられている私が踏み台となって様子を見て、君達へと伝えるようにしよう」
僕も、教授の意見に異論はなかった。わかりました、と僕が伝えると、美樹だけが少し不服そうな曇った表情で俯いた。
美樹にしてみれば、やっと
けれど、それでも僕は、美樹にも危険を犯してほしくはなかった。
「新たな手がかりを見つけたら、すぐに君達へ共有しよう。少しだけ、私に時間をくれないかね?」
子供を諭すように、柔らかな表情で教授は美樹を説得する。同じ探究する者として、美樹の気持ちが痛いほどにわかったのだろう。美樹は一言、わかりました、と小さな声で呟いた。美樹だって、教授を困らせたいわけではないのだ。
「その好奇心は、君の心に大切に閉まっておくといい。……好奇心は猫をも殺す、と言うだろう」
教授は、縁起でもないことを言って笑いながら、美樹の肩をぽんと叩いた。
「さぁ、今日はもう帰りなさい」
カーテンを開けると、窓の外は随分日が沈み始めていて、僕達は大人しく帰路についた。
黒服の男が、教授の研究室を睨むような目付きで見つめていた。
「講義の解説、有難うございました!」
「次のレポートも提出期限を忘れないように気をつけなさい」
研究室を後にした僕達の後ろで、真人と教授がわざとらしいくらいの大きな声で挨拶を交わしていた。
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