第39話 戸惑いと苛立ち
「あ! ねぇ、真人。そういえばさ!」
急に話しかけられると、見透かされてしまったような気がして、勝手にどきりとしてしまう。
勿論、そんなことはないのだけれど。
「あたし達も普通に研究室に通っちゃってるし、結構馴染んできたと思うけどさ。最初の時、真人ってばなんかあたしに他人行儀だったよね」
「そうだったか?」
「そうだよ! いつもみたいに話しかけて来ないし、なんかよそよそしかったもん」
「あー、そんなこともあったな。でも、それはあれだろ? 俺らが一緒に住んでるってバレないようにだな……」
「……そりゃあ、真人はモテるし、あたしと住んでるってバレちゃったら困るもんね!」
「はぁ? なんでそうなるんだ……。俺は恭哉とワンツーで有名な変人だぞ? モテる訳がないし、こんな変人と血が繋がってもないのに住んでるなんて、バレて困るのは莉奈だろ?」
「なんで、あたしが困るのよ……」
血が繋がってないと言うのなら、妹扱いはやめてよ、と言いそうになってしまい、莉奈は口を噤んだ。
「お前は友達が多いからな。最初は、姫花も心配してたんだぞ? 俺だって、もし俺の事でお前に何かあったら心配だからな」
な? なんて言って、首を傾けて微笑みながら顔をのぞき込んでくるなんて、そんなの反則だ。
ハナから勝ち目のない戦いに、莉奈はぷう、と頬を膨らませた。
「心配だとか、普段言ったこともないくせに何言ってんのよ、バカ!」
「お? なんだ、照れてるのか? お前も可愛いいところあるじゃん」
「うるさい、バカ!」
軽口だとわかっていながらも、いちいち、可愛いだとかそういった言葉に反応してしまう自分に嫌気が差した、と莉奈は美樹の言っていた言葉を思い出した。
「まぁ、お前こそモテるんだし、そっちの意味でも困るだろ?」
「な、によ! あたしがどう思われようと、真人には関係ないでしょ!」
「何をいきなり怒ってるんだ……」
「別に! 真人にだけは言われたくなかったの! モテるとかそういうの興味ないもん!」
「そうなのか? 意外……。いや、お前は花より団子なんだったな」
好きな相手に勘違いされているという事実に、莉奈は泣きそうになるのをぐっと堪えて、小さな声で呟いた。
「……違うよ、バカ。好きな人に好かれなかったら、何人にモテたって意味なんてないのに……」
「えっ?」
「……なんでもない! 忘れろ、バカ!」
莉奈は少しだけ涙目で怒鳴ると、持っていたポシェットを真人へと投げつけた。
「いや、待てって。お前、好きな人なんていたのか?」
「……だったら、何? 真人には関係ないでしょ!」
「いや、それは……まぁ、関係はないけど……」
「だったら、ほっといて!」
「お前……悪いやつに惚れてるんじゃないだろうな? 今だってちょっと泣いてるし、ほっとけるわけないだろ」
焦ったようにハンカチを差し出して、莉奈の涙を拭おうとする真人をきっ、と涙目で真人を睨むと、開き直ったように大きな声で言った。
「……あたしの好きな人は、悪いやつなんかじゃないもん! あたしが勝手に好きになっちゃっただけで……自分に向けられた気持ちにだけ鈍感で……凄くバカなやつなの!」
唐突な莉奈の剣幕に、真人は悪かった、と小さく謝った。
「……もう、こんなこと言うつもりなかったのに、真人のバカ。泣き止むから、ちょっとあっち向いてて」
「わかったよ……」
初めて莉奈から聞く好きな人の話題に、真人はなぜだかもやもやと燻る胸にそっと手を当てた。
(ずっと大切にしてた妹に好きなやつが出来るって、こんな気持ちなのか……? 莉奈に、好きなやつ……)
大切にしていた妹は、自分と同じように成長して、年頃の女の子になっていた。ずっと幼い少女を見ているつもりだった真人は、恋する表情を見せた莉奈に戸惑いを隠せなかった。
莉奈の背中を見つめながら、さっきまでの泣き顔を思い出すと、動揺のような、苛立ちにも似た気持ちが溢れてくる。自分に出来ることがあれば何とかしてやりたくて、けれど何も出来ることはなくて、真人はため息をついた。
「……はぁ。ほんと、デリカシーないんだから。真人ってバカバカバカ!」
「いや、バカバカ言い過ぎだろ……」
いつも通りの平静を装おうとする莉奈のいじらしさに、ずきりと真人の胸が痛んだ。
莉奈のおかげで、いつもと同じような他愛ないやりとりをしながら歩いていると、見慣れた通りへと辿り着いた。
「あれ? この道って、学校に行く道だけど……」
「あの学校の敷地は親父が管理してるからな。この国の主要な場所と繋がっている隠し通路も沢山あるんだって、子供の頃に聞いたんだ」
「それって……お父さんの会社にも、繋がってるってこと?」
「そうだ。学校に、親父の会社に、図書館。こいつらが繋がってるとくれば、もう親父が何も知らないなんてのは無理があるだろ?」
隠し通路を探しているのか、真人はきょろきょろと辺りを見回した。
「それ以外にも、あの学校の敷地は広すぎるし、使われていないスペースが多過ぎる。その学校の管理までしてるんだ。親父は何か深い部分に関わってる」
神妙な面持ちの真人を見つめて、莉奈はごくりと息を呑んだ。
「とりあえず、この道で行った方が直接会社まで行けるし早いから……。と、ここだ」
「うわぁ、恭哉達の研究室のすぐ近くじゃん」
「他の生徒にバレたら困るからな。あの研究室も、俺がいるから使わせてもらえてる。ここの研究室って結構広いだろ?」
「そうだったんだ。通りでなんか、学生が使ってるにしては整ってるなぁとは思ったけど」
「まぁ、あの部屋の中にもなんか仕掛けとかあったら嫌だけどな」
ガコン、と音がした方を覗いてみると、言われなければわからないくらい巧妙に隠された扉が姿を現した。
「ほら、行くぞ」
差し出された真人の手を、莉奈はおそるおそる掴み、扉をくぐった。
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