第34話 辞める意思のない者
「君の覚悟は決まったようだが、他の者はどうなんだね。……辞めたい者はこの話を聞かない方がいいだろう。考える時間はあまり与えてやる余裕はない、辞める意思のない者だけが残るといい」
教授の言葉に、最初に返事をしたのは真人だった。
「俺は、辞めるつもりはない。俺なりに、覚悟は決めてこいつと過ごして来たんだ。最後まで見届けなければ気が済まないからな」
「……真人。僕が辞めなくても、君は辞めるんじゃなかったのかい」
「そんなの、言葉の綾だろ。まぁ、俺の覚悟が足りなけりゃ、ここら辺で辞めるつもりだったさ。だから、これは俺の意思だよ、親友」
「……そうか」
ありがとう、と言いそうになるのを、僕は何とか思い留まった。感謝したいのは本当だけれど、それは、真人への侮辱になるような気がした。
「で、俺がこういうことで、お前らもやりにくくなっただろうとは思うんだけど、ちゃんと自分の意思で決めてくれ。もう、付き合いだとか友情だとかで、巻き込む話じゃなくなった」
本当なら、僕が言わなければいけなかったのに、真人の行動力には頭が上がらない。
「ん〜、じゃあ、ボクは様子見かな〜。正直、そんなに危険なら、辞めようかなって思うしね〜」
場にそぐわないのんびりとした口調で、優斗が辞める方に傾いた保留を申し出た。
寂しい気持ちがないとは言えないけれど、これで姫花達もどちらを選ぶにしても言いやすくなったんじゃないか、と僕は胸を撫で下ろした。
「……莉奈」
ぶるぶると肩を震わせて、人一倍怯えている莉奈の肩を、姫花がぎゅっと優しく抱いた。
思えば、以前話していた時から、莉奈はこの手の話に怯えていたように思う。
「……ごめんね、姫花。あたし、やっぱり怖いみたい」
恐怖が滲んだ瞳で、莉奈は真人のことを見つめた。
「あたしは、辞めたい……! 凄く、怖いの……」
「あぁ。わかった。お前はそうした方がいい」
真人の言葉に、莉奈がぎゅっと唇を噛み締めた。
「……でもっ! あたしの知らないところで、皆に何かがあったら、もっと怖いの……! ここで辞めちゃったら、あたしは絶対に、後悔する……」
ぼろぼろと大粒の涙を瞳から溢れさせて、莉奈は姫花の手を握ると、震える声で宣言した。
「……あたしは辞めない! 怖いけど、辞めたいけど、皆の……姫花の隣に立ち続ける! 後悔しない為に逃げないのが、あたしの覚悟だから……!」
一番怖がっていた莉奈が、覚悟を決めた。
後悔しない為の選択。それもまた、一つの指針だろう。
「ほら、姫花の気持ちはもう決まってるんでしょ! さっきから、震え止まってるの、気づいてるんだから」
「……莉奈」
「ほら、真人は個人の自由だって言ってたけどさ。あたしに気を使って言えなかったんでしょ。姫花の気持ち、聞かせてよ」
「私は、辞めません」
そう言った姫花の強い眼差しは、会ったばかりの頃と同じで、もしかしたら、一番芯がしっかりとしているのは姫花なのかもしれない、とその姿を見て僕は思った。
「……覚悟は、出来ているかわからない。でも、辞めるっていう選択肢が、私の中にはなかったの。私はこの世界の謎を知りたい……。どうして、大切な記憶が消えてしまうのか、私は知りたいの」
姫花の視線の先には、記憶から消えてしまった友人に貰ったというキーホルダーがあった。
姫花にとって、大切な人の記憶を失うことは、何よりも耐え難いことなのだろう。
「あの、わたしは辞めませんよ」
姫花に続いて、美樹が余りにもあっさりと告げた。
「わたしは立派な目標とかがあるわけじゃないですけど……。あの日、進めなかった階段の先をわたしは見たいんです」
美樹の瞳は、普段と変わらない穏やかさを保っていた。
「ただの好奇心と言ってしまえば、それまでですけど……。あの先へ進まなくてよかったという安堵よりも、どうしてわたしは怖気付いてしまったんだろうという、後悔の方が大きいから……」
美樹の言葉を待っていたかのように、優斗がのんびりとした調子で手を挙げる。
「それじゃあ、皆辞めない。で一緒だね〜」
「あれ? 優斗は辞めようかなって言っていたんじゃなかったのかい?」
「ん〜? 僕は様子見って言ったでしょ〜。僕の覚悟は決まっているから。辞めるつもりは、最初からないよ」
飄々といってのける優斗に、僕はぽかんと呆気にとられてしまう。
「じゃあ、なんで最初にあんなこと……」
そう言いかけて、あの優斗の発言のおかげで、莉奈が辞めたいという意思を話出せたことを思い出した。
優斗はパチリ、とお得意のウインクをしてみせると、しーっと口に人差し指を当てて微笑んだ。
最初から、その為だったのか。
何を考えているのか、いまいち理解が難しい優斗だけれど、きっと僕よりも人の機微に聡いのだろう。
優斗も真人も、さりげなくアシストをすることが多い気がして、やっぱり僕はもっと人の気持ちを、人一倍考えなければいけないな、と自分自身を振り返った。
「ってことで〜、ボク達は全員辞めないみたいだから、教授の知ってることを話して欲しいな」
「ふむ、君達が納得したのなら私は構わないけどね」
僕達の話を静かに聞いていてくれた教授は、やっぱり良い人なのだと思う。
優斗に促されて、何から話そうかと、教授が顎に手を当てて首を横へ捻った。
「まずは、私の置かれている状況から話そうか」
教授はゆったりとした動作で机の上に両手を置くと、自らの状況を淡々と語り出した。
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