第7話 天邪鬼な恋
「あぁ。そういえば、もう真人と姫花を合わせたってことは、真人は合格だったのかい?」
何気なく尋ねた僕の言葉に、莉奈は大きな声で反論した。
「真人なんて、大っ嫌いよ!」
「真人くんとは、あまり折り合いが良くないみたいなんだけど……」
そうだろうね。僕はひそひそと小声で話しかけてきた、姫花の言葉に頷いた。確かにそうなんだろうけど、この違和感はなんだろう。
「あいつは、最低なやつなのよ!」
何かを思い出したのか、莉奈が大声で捲し立てた。
「普段から人の事を見透かしたようなことばっか言うし、あたしには喧嘩ばっかり売ってくる癖に、他の女の子にデレデレと優しくしちゃったり。その癖、一人で大人ぶっちゃったりしてて、バッカみたい! あの眼鏡をくいくい動かす仕草、思い出しても腹が立つんだから!」
真人は空気も読めるし、人あたりもいいからなぁ。今のところ、褒めているだけなのでは、と思いながら、僕は莉奈に問いかける。
「優しいっていうのは、別にいいことなんじゃないのかな?」
「……だって、他の女の子には優しくても、あたしには優しくないの!」
これは、いくらなんでも鈍感な僕でもわかってきた。
ちらりと姫花のほうを見ると、僕の予想は当たっているらしく、姫花が困ったように首を傾げて微笑んでいた。
「聞きにくいんだけど、それって、ヤキモチ……だよね? もしかしなくても、莉奈は真人が好きなんじゃ……」
「な、ななな何言ってんの! 恭哉ってば、耳がおかしいんじゃないの! 嫌いだって言ってるでしょ!」
かああ、と音が聞こえてもおかしくないくらいの動揺っぷりでまくし立てると、顔面から火を吹く勢いで莉奈の顔が朱色に染まった。
「……隠せてないよ。ねぇ、姫花」
「うん。莉奈ってば、真人くんのことになると凄くわかりやすいから」
「ちょ、ちょっと! 姫花まで、何言っちゃってるの!」
慌てふためく莉奈を、二人で無言で見つめていると、観念したかのように、莉奈はしゃがみこむと両手で顔を覆い隠した。
「……ねぇ。あたしって、そんなにわかりやすい?」
「まぁ、結構わかりやすいかな」
結構どころか、凄くわかりやすいと思ったことは黙っておく。
「……そっかぁ。……恭哉、あいつには絶対言わないでね」
「言わないよ。約束する」
「ありがと……」
そう言って、顔を赤らめてしおらしくしている姿は、恋する女の子そのものだった。
ピローン。
パソコンの通知が鳴った。通知音が大きくて、相手が研究室にいる時はとても便利だ。
真人から、レポートの提出が終わったからすぐに研究室に行く、と書かれたメッセージが届いていた。
「……よかった。さっき来られてたら、大変なことになるとこだった」
「それにしても、真人が喧嘩を売るっていうのが、僕には想像出来ないなぁ」
人の気持ちには敏感な真人のことだ。
喧嘩を避けることはあっても、売るなんてことは考えられない。かくいう僕も、真人とは喧嘩と呼べるほどの喧嘩をしたことはなかった気がする。
「喧嘩を売ったつもりはないな。莉奈に冷たく一蹴されてた奴らが、あまりにも可哀想だから、そいつらに助け舟を出してるだけだ」
腕を組みながら研究室のドアに寄りかかっている真人と目が合うと、真人はやれやれと言いながら、お手上げだと言うように、わざとらしく両手を上げて肩を
突然の真人の登場に、びくりと莉奈の肩が跳ねた。
研究室のドアを開けっ放しにしていたせいで、僕も姫花も足音で真人が近づいて来ていることがわかっていたが、どうやら莉奈は気づいていなかったようだ。
「へぇ、莉奈のことだから、てっきり恭哉にもつっかかるのかと思ってたけど……案外上手くいってるんだな」
「ま、真人!」
「おばけでも見たような反応だな」
「あ、あんたの存在感が薄すぎて、気づかなかったのよ!」
「……ほらな。なんでか息を吸うように喧嘩を売られてるのは俺の方なんだ」
「売ってない!」
「売ってるって。現に今も怒ってるだろ?」
「お、怒ってないもん!」
これは、素直になれないとかそういう次元の問題ではなさそうだ。2人のやり取りを眺めていると、おろおろとしている姫花から助けて欲しいとアイコンタクトをされてしまい、僕は莉奈に助け舟を出してあげることにした。
「とりあえず、四人が集まったことだから……座って話そうか。飲み物を淹れてくるから、ね?」
子供を諭すように言うと、我に返ったのか、莉奈は大人しく研究室の隅に置いてあるソファへと腰掛けた。
「コーヒーと紅茶、どっちにしようか?」
振り返るとそこには、僕以外の人が三人もいて、たった二人増えただけなのに、なんだか研究室が少しだけ狭く感じた。
「……もしかしたら、あと二人も増えるかもしれないんだよね」
柄にもなく浮かれてしまっているようで、僕はお客様用のカップを見つめながら、マグカップを増やすのもいいかもしれないな、なんて休日の雑貨屋巡りに思いを馳せた。
そんなことを考えていたら、僕は自然と口笛を吹いていたようだ。
遠くから、機嫌が良さそうだな、と叫んでくる真人の声が聞こえる。
僕は緩んでしまう口元を抑えながら、お客様用のカップへと紅茶を注いでいった。
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