第11話 教授の陰謀論

 



「何よ、あれ! かっこつけちゃって……! あいつが女の子相手に怒鳴るのなんて、どうせあたしだけなんでしょ!」


「莉奈、落ち着いて……。真人くんは別にかっこつけてなかったと思うよ?」


 ヤキモチが空回りして変な方向にいっている莉奈を、姫花がたしなめる。


「あたしは、落ち着いてるもん!」


「誰が見ても落ち着いてないよ、莉奈……」


 そういえば、と何かに気がついたように、姫花が疑問を口にした。


「あのね、莉奈。少し気になったんだけど……」


「ん? どうしたの?」


「真人くんが、ここの敷地に一番詳しいってどういうこと? 確かに構内のいろんなところで、真人くんを見かけるけど……」


「それは、あいつが……」


 莉奈は何かを言いかけると、ちらりと様子を伺うように僕のほうを見た。


「もしかして……」


「莉奈、どうしたの?」


「あっ、ううん、なんでもない。前に聞いたんだけどね、真人ってこの敷地の地図が全部頭の中に入ってるらしいのよ」


「地図が全部……!?」


「そ。瞬間記憶能力? だとか、なんかがあるって言ってたっけ。まぁ、あいつ。頭だけはいいからね」


 長年一緒に過ごしていた僕ですら、その瞬間記憶能力とやらは初耳だった。

 いったい、莉奈はいつのまにそういう情報を仕入れたんだろう。男同士ということもあって、僕らが互いに必要以上の詮索をしてこなかっただけかもしれないけれど。


「そういえば、姫花はなんの講義を取っているんだい?」


 真人が戻ってくるまでの繋ぎではあるけれど、僕はふとした疑問を口にした。絵の具のついた服を着た優斗、機械系が得意な莉奈、それぞれが得意とする分野はわかったが、姫花だけは見た目や特技から想像が出来なかった。


「私はまだ、二人みたいにやりたいこととか得意なことってないから、一般課程が多いかな……。物理学とか、世界史とか……」


「世界史なら僕も取ってるよ。もしかしたら、講義の時に見かけたこともあったのかもしれないね」


「そうだね。皆には馬鹿にされているけど……私、あの教授の陰謀論が結構好きなの」


「あぁ、消えた歴史ってやつだろう? オカルトだのなんだのって言われているけれど、僕達の意見と近いような気がするよね」


 世界史の教授もまた、変わり者として有名な人だ。世界史とは、この世界の成り立ちから、文明の進化の歴史に関する講義だ。この世界の施設の役割なんかも同時に教わることになる。


 全ての資料にはイラストが添えられており、物事の事象のみが淡々と箇条書きされているような、シンプルな構成だ。


 それなのに、教授は講義の終わりには、いつも陰謀論を唱えていた。人物に関するイラストが載っていないこと、人物名がまったくと言っていいほど登場しないのは、意図的に消されているからなのだ、と言う。


 資料に人物は不要だから載っていないだけだ、オカルトじみたこじつけだ、と周りの人は馬鹿にしているけれど、僕はこの話を聞くのが密かな楽しみだった。


「教授の陰謀論。昨日、恭哉くん達と話した内容に似てるなって私も思ってたの……。それにね、最近の教授は様子がおかしくて……」


「様子がおかしい?」


「うん。講義の後に黒いスーツの人が来て、注意されたみたい。教育に不適切だから、すぐにその話は辞めるように、って」


「それで、最近あの話をしなくなったのか……」


「うん。それ以来、何か悩んでいるみたいで、よく図書館に行ってるのを見たって……」


 そう言われてみれば、教授の周りでスーツの人をよく見かける気がする。


「教授に注意するってことは、スーツの人達って、教育機関の偉い人だったりするのかな?」


「いや、多分違う。講義の終わりによく流れている、緊急事態対策本部のロゴ入りの備品を持っていたから、国の中枢の人なんじゃないかな」


「緊急事態対策本部って、事件とか事故とか、何かあった時に通報するところだよね?」


「うん。部署がいくつかあって、教育者の不適切な行為の通報も兼ねていたはずだから、未然に防ぐことも仕事のうちなのかもね」


「国の中枢の人って、響きがちょっと陰謀論に似合うよね。本当に裏で歴史を操っていたりして……なんて、ね」


「ふふっ……。流石にないと思いたいなぁ。そんなに根深かったら怖いしね」


 だいぶ打ち解けてきたようで、姫花は冗談っぽく言うと、悪戯する子供のような表情で、ぺろっと舌を出した。


 その後も優斗のその服装は何用なんだとか、お互いの得意なことだとか、他愛のない話をしながら、真人の帰りを待っていた。


 すると、コツコツと規則正しい真人のものであろう足音と、その後ろから早足で小刻みに歩いてくる足音が、研究室のすぐ側まで近づいてきた。


「迷子、捕獲してきたぞー」


 真人により、ノックされることなく開け放たれたドアの影から、小柄な少女がおずおずと顔を出した。


「お、遅れてしまってごめんなさい……」


 線が細く、肩にかかるくらいの真っ白い髪を後ろで束ねている彼女は、青い瞳をしていた。

 白いブラウスと青いロングスカートが彼女の雰囲気に似合っていて、なんとも浮世離れした雰囲気の少女だ。


「気にしなくていいよ。研究室ここって、少し入り組んでいてわかりにくい場所にあるからね」


 咄嗟にフォローしたものの、二時間も迷っていたのは彼女が初めてだと、僕は心の中で賞賛した。


「あなたが、恭哉さんですよね?」


「そうだけど……僕のことを知っていたのかい?」


「一度だけですけど、食堂で真人さんといるところを見かけたことがあるんです。周りの人が、ざわざわと貴方の名前を呼んでいたから……」


 それは、例の噂をしていたんじゃないだろうか。

 そんなふうに思っていると、予想していなかった応えが返ってくる。


「やっぱり、噂通り素敵な人ですね」


「え? 僕の噂って、妖精が見えるとか、狂っているだとか、変な噂ばかりなんじゃないのかい?」


「確かに、そういう噂も聞きますけど……そんなことばかりではないですよ? わたしが見かけた時に周りの人が囁いていたのは、かっこいいとかそういう類のものばかりでしたから」


「そ、そうなんだ。なんていうか……ありがとう」


 面と向かって褒められることに慣れていない僕は、自分でもわかるほど、笑顔がぎこちなくなってしまった。


「わ、わたし……また変なことを言っちゃいましたか……? 空気が読めないって、よく言われるんです」


「いや、そんなことはないよ。僕がそんなふうに褒められ慣れていないから、少し戸惑ってしまっただけさ」


「なんだ、それならよかったです……。まだ、名前を言ってませんでしたね。わたしは美樹みきといいます。よろしくお願いします」


「あぁ、よろしくね」


 美樹は、必要以上に丁寧に、深々とお辞儀をした。それにつられたのか、そこにいた全員がなぜか深々とお辞儀をかえした。


 それから、優斗にしたように簡単に全員での自己紹介を済ませると、本題に移る為に、僕は皆へソファへ座るよう促した。


 長い付き合いだと言っていた優斗と美樹の間に、まともな会話がなかったことに少し違和感を覚えたものの、きっと電話で話していた時間と初対面というギャップが追いつかないのだろうと、勝手に納得し、それ以上は気にしないことにした。



「それじゃあ、少しだけ待っていて。美樹の分の飲み物も用意してくるから」



 そして、お客さんも4人目ともなれば手馴れてきた僕は、飲み物を何にするか美樹に尋ねると、慣れた手つきで紅茶を入れる準備をするのだった。



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