第10話 迷子の迷子の迷い人

 



「…………全然、ミキがこない」


 どうなっているんだ。

 待てども待てども、ミキがやってくる気配はなかった。

 優斗が来てから、もう二時間は立っている。どう考えても遅すぎる。もう着いていなくてはおかしい時間だ。


「……ボイコット。ってわけじゃないよな?」


「それはないと思うよ〜。ミキってば、ボクと違ってすっごい真面目な人だから。……でも、人を待たせるような性格じゃないはずなんだけどなぁ」


「あれ? 優斗はミキと元々知り合いってわけじゃないんだよな?」


 まるで長年の付き合いであるかのように語る優斗に、真人が不思議そうに訊ねた。


「うん、顔も知らないよ〜。ただ、チャットでの付き合いは凄く長くなるなぁ。結構昔からネット上で友達していたから、最近は電話でやりとりもしてるけど」


「へぇ、不思議な関係だな……。って、んん!?」


 急に大きな声を出した真人に、そこにいた全員が注目した。


「どうしたの? そんなに目をまん丸にして〜」


「いや、お前ら電話してるんだよな?」

 

「うん、してるよ〜」


「だったら、こんなにただずっと待ってるんじゃなくてさ、電話すればいいんじゃないのか?」


「……あ。それもそうだねぇ」


 優斗は気づかなかった、と大袈裟に手をぽんと叩くと、ツナギのポケットからスタパットを取り出して、ミキへと電話をかけた。


  「はぁ。なんでもっと早く気づかなかったんだ……」


 研究室に、真人のため息が虚しく響いた。


 どうやら、すぐに電話には出たようで、神妙な表情でうんうんと頷いている優斗と目が合った。


「優斗? どうしたの、用事でもあったとか?」


 僕が聞くと、少し困ったように優斗が返事をした。


「いや、そういう訳じゃないみたいなんだけど……ここはどこでしょう? もしかして、迷ってるかもしれませんって言ってる」


「……ここはどこでしょうじゃねぇ! クイズか!」


「そんなふざけるようなタイプじゃないと思うけど……」


「わかってる! とりあえず、今どこにいるか聞け、そんで迎えに行ってこい!」


「えぇー」


「えぇーってなんだ。嫌なのか?」


「いや、顔も知らないわけじゃん。でも、長年電話友達ではある訳で……これで無視されたりそっけなくされたら、ボク、悲しくて立ち直れないかもなぁ、って思って」


「ああもう、めんどくせぇな! じゃあ、場所だけ聞いとけ! もう、俺が迎えに行ってくる!」


「わかった」


 真人がキレのいいノリツッコミをしながら、らちのあかない優斗に怒鳴った。

 そんな言い方しなければ、ただの親切なんだけどなぁ。

 僕はそんな余計なお世話なことを考えながら、どうどうと真人をなだめた。


「え? 真人が迎えに行くの? 一人で?」


 女の子のミキを迎えに行く、ということが引っかかったのだろうか。慌てて莉奈が、僕に行ってこいと目配せをした。


「他に誰がいる?」


「だって……あんた怒鳴るし、ミキって大人しそうな子だし、恭哉が行った方が怖がられなくていいんじゃない?」


「別に、初対面の相手に向かって怒鳴ったりしねぇよ……。それに、ろくに研究室から出てない恭哉が行ったって、一緒に迷子になるのがオチだろ」


 呆れたようにいう真人に、莉奈は反論が出来なかったようだ。

 失礼だな、僕だって道案内くらいはやれるさ。多分。きっと……。


「う……確かに」


 自信なさげな僕を見て、流石に莉奈も諦めるしかないとうなだれた。


「そういうこと。ここの敷地に一番詳しいのも、俺だと思うしな」



 それだけ言うと、真人は優斗から聞いた情報を頼りにミキを探しに出ていった。



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