第3話 信じてくれますか?
繰り返しの日々に変化が訪れた。実際、それは他人から見たら何が変わったのかわからないほど小さな変化だ。それだけだが、僕らにとっては大きな変化なのだ。
僕と真人以外の人間が、この部屋にいることが異常なのだから。
まぁ……だからといって、彼女がここにいる事以外、何も変わってはいないのだけれど。
「あの……恭哉さん達も、この世界がおかしいんだって、思っているんですよね……?」
おずおずと切り出された言葉は、僕らを馬鹿にしているわけでも興味本位というわけでもないようだ。
彼女は『恭哉さん達は』ではなく『恭哉さん達も』という言葉を使っていた。
「そうだよ。恭哉さん達も、ということはお姫様もそう思っているんだね?」
彼女は、僕の言葉に静かに頷いた。
「なぁ……お前のその『お姫様』ってのは、なんとかならないのか? 聞いてるこっちが寒くてかなわない。姫花だって困ってるだろ?」
遠慮のない真人の言葉に、ちらりと彼女のほうを見ると、困ったように苦笑いをされた。
「そうか……。困らせてしまってごめんね。それなら、姫花と呼んでもいいかな? 僕の事も恭哉でいいから」
僕がそういうと、姫花は安心したように微笑んだ。
「ほらみろ、紳士的をはき違えるのはやめておけ。度をわきまえないと困らせるだけだぞ?」
「そういうものか……」
「お前が変人扱いされてんのは、そういうとこもあるんだぞ。男の天然なんて、何にもいいもんじゃないからな」
「気をつけるよ。それで本題に戻すけど、どうして真人が姫花を連れてきたんだい?」
自慢ではないが、異常者扱いをされている僕と真人に近寄ってくる人は学内でも滅多にいない。
それでも話すのは、僕らを『変人扱い』する、数少ない友人達くらいだ。
ましてや、女の子なんてもってのほかで、遠巻きに噂をされるくらいの状況だ。
そんな僕の疑問を見抜いたのか、真人が初めて姫花に会った時のことを話し始めた。
「お前が考えてる通り、俺らは変人扱いされているうえ、ご丁寧に変人扱いされてる理由まで有名だ」
そんなことで有名になっていたのか。研究室にひきこもっている僕は、噂話とは無縁だったから知らなかった。
「まぁ、ようはお前が最近感じていた視線っていうのは、十中八九、姫花のことだろうな。俺やお前のことを知る為に、観察していたようだからな」
なるほど。それでさっき話した時に、真人はにやにやと笑っていたのか。
「それで、お前と違って、俺は周囲には適当に愛想良く振舞ってるわけだが……その噂を聞いて、姫花が出没頻度の高い俺に声をかけてきた、ということだ」
皮肉のつもりか嫌味のつもりか。同じ意味なのだけれど。
僕としては、対人関係だって至って紳士的に振舞っているつもりなのに。
「まぁ、大学内限定だけれど、論文も提出しているからね。僕らの疑問を皆が知っているのも、訳の分からないことを言っていると思われているのもわかるよ」
「はぁ……今の皮肉の中で、お前にひっかかったのはそこだけか。そんな鈍感なお前に、最新のお前の噂を提供してやろうか」
にやりと笑う不敵な笑みが、こんなにも似合うやつは真人ぐらいだ。
また本題から離れてしまい、姫花が置いてけぼりにされていないかと不安になったが、姫花は僕らのやりとりを見てくすくすと笑っていた。
姫花の緊張が解けたのなら、よしとしよう。
「女子が話してるの聞いちゃったんだけどさ。お前は厨二病を引きずる残念なイケメンで、研究室以外で見かけることのないレア度Sランク級の残念なイケメン、だってさ。彼ならきっと妖精だって見えるはず……なんて言ってたぞ。よかったな、残念なイケメン」
前言撤回だ。こんなことなら、聞かなければよかったかもしれない。
真人は楽しそうに笑っているし、姫花といえば僕に背中を向けて小刻みに肩が震えている。
……どうせなら、いっそ大笑いしてやって欲しい。
「いろいろと言いたい事はあるんだけど……妖精だって見えるはずって、なんだい?」
残念なイケメンが二回あったことより、気になってしまう。
厨二病と言われるのはまだしも、そんなメルヘンな思考は生憎持ち合わせていない。
「いや、俺に聞かれても知らねぇって。妖精とか見えてそうって思われてるんじゃないか?」
人をからかう時ばかり、いい顔をするのだから、質が悪いのはどっちだと言ってやりたい。
「ごほんっ。ほら、そんなことより本題に戻ろうか」
わざとらしい咳払いをして、僕は強引に話を戻す。
「あぁ、姫花がどうして俺についてきたか、だったっけ」
再び、僕達の視線が自分に向けられていることに気づき、姫花は恐る恐る口にした。
「この世界からも、記憶からも、消えている人がいるって言ったら、信じてくれますか……?」
新規登録で充実の読書を
- マイページ
- 読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
- 小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
- フォローしたユーザーの活動を追える
- 通知
- 小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
- 閲覧履歴
- 以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
アカウントをお持ちの方はログイン
ビューワー設定
文字サイズ
背景色
フォント
組み方向
機能をオンにすると、画面の下部をタップする度に自動的にスクロールして読み進められます。
応援すると応援コメントも書けます