第47話 今度は私が守るから
「痛っ……」
頭を抱える僕に気づいて、姫花が日記帳に書く手を止めた。
駆け寄ってくる姫花を片手で制止して、僕は姫花に話した内容を書き留めてくれるようにと促した。
「僕の知らない記憶が見える……姫花、僕が言うことを書き残して……。頭が、割れそうに痛いんだ……」
「……うん、わかった。言って……!」
今、大切なことは情報を残すことだと、姫花もわかっているようで、僕を心配するように気にかけながらも、ペンを強く握った。
「……路地裏で、知らない男が落下するのを僕は見ている。助けを呼んで、黒服がやって来て、口論をした後で僕が倒れている……」
これは、本当にあった出来事なんだろうか。
そう何度も人が落下するところなんて、見るわけもないと頭では思いながらも、もしかしたら教授が落下する姿を見て失った記憶を思い出したのではないかと、僕は仮説を立てて話を続けた。
「……黒服の男が、僕の記憶を上書きするって言っている。男が僕のスタパットを使って何かしてる……。これは……あの、身に覚えのないメールが真人に届いた日の記憶だ……」
前日にどうやって家に帰ったのかも
僕は真人から見せられたメールを自分で送った記憶はなかったのに、あのメールを見て、そういえばそんな日だったような気がすると
あれがきっと、上書きされた記憶だったのだろう。
僕がそう姫花に伝えると、さっきまでより酷くなっていた頭痛に耐えきれず、僕はよろりと突っ伏した。
「ゔおぇ……」
鋭い痛みが嘔吐を促した。
こんな時ですら、姫花に格好悪いところを見せたくないという意識が、僕の中には残っているようだった。
「恭哉くんっ……!」
吐瀉物にも構わずに、姫花が僕を抱きとめた。
揺らぐ視界の中で、姫花が涙でぐしゃぐしゃになった顔でこちらを見上げている。
「だい、じょうぶだから……。泣か、ないでよ……お姫様……」
姫花の頬をそっと撫でて、安心させたい一心で微笑んでみせるも、その努力も虚しく、僕はそこで意識を手放した。
「……恭哉くんっ!」
姫花の悲痛な叫び声も、今は誰の耳にも届かない。
「……こんな、私……どうすれば……」
校舎からはだいぶ離れてはいるものの、有り得ない状況と、黒服に見つかってはいけないという恐怖。倒れている恭哉を見つめて、姫花は途方に暮れていた。
考えてみれば、いつも困った時には莉奈がいて、今だって、走ることもままならない姫花をここまて引っ張ってきたのは恭哉だった。
(私は、助けて貰うのを待ってるお姫様なんかじゃない……! 誰かに助けて貰おうなんて考えてちゃだめ……! 私が、恭哉くんを助けなきゃ!)
まずは茂みに姿を隠そうと、倒れた恭哉の身体を引きずろうと手に力を込める。けれど、ただでさえ小柄で力のない姫花なのだから、震える手では、掴んだところで滑ってしまって引きずることさえ出来なかった。
「動け、動け、動けっ……!」
白くて華奢な手が傷つくのもお構い無しに、姫花は拳を木へと叩きつけた。
「……どうして、力が入らないのっ……!」
どんなに力を込めようとしても、恐怖ですくんでしまった身体は、どうにもならなかった。
(私一人じゃ、何も出来ないの……?)
このままでは、黒服に見つかってしまうかもしれない。
倒れている恭弥に視線を注ぐと、強く握りしめていたであろう掌に血が滲んでいるのが見えた。
(恭哉くんだって、怖くないはずがなかったんだ……。冷静でいられるわけがなかったんだ……)
姫花はかたかたと震える自分の掌を、思い切り噛んで、自分を奮い立たせるように力強い声で吠えた。
「……今度は、私が絶対に守るから!」
姫花の掌には、血の跡が滲んでいた。
新規登録で充実の読書を
- マイページ
- 読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
- 小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
- フォローしたユーザーの活動を追える
- 通知
- 小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
- 閲覧履歴
- 以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
アカウントをお持ちの方はログイン
ビューワー設定
文字サイズ
背景色
フォント
組み方向
機能をオンにすると、画面の下部をタップする度に自動的にスクロールして読み進められます。
応援すると応援コメントも書けます