第15話 図書館の秘密の部屋

 



「真人くんのお母さんが、別の国の人だったってことはないのかな……? 大昔は、私達とは別の言葉を使う人達もいたみたいだから……」


 高等部の歴史の授業で習うことだけれど、今はたった一つしかないこの国も、元々は数え切れないくらいの別の国があったのだという。


 今からは想像も出来ないが、国によって使っている言葉が違ったり、肌の色や髪の色、見た目が違う人同士がまとまっている国がいくつもあったようだ。


 確かに、その可能性は考えたことがなかったと、僕は真人の方を見た。

 姫花の問いかけに、真人はふるふると首を横に振った。


「そんなことはないはずだ。母親の肖像画は、俺と同じ黒髪で、目の色も俺と同じだった。それこそ、たまに長い名前の奴や肌が黒い奴とかを食堂とかでも見かけるけどさ、肖像画を見る限りはそういう違いは感じなかった」


 そう言った真人の横で、ずっと黙って話を聞いていた美樹が、おずおずと手を挙げて発言した。もしかして、初めて会話に参加したんじゃないだろうか。


 全員の視線が、美樹へと集まった。


「あの……ちょっと、いいですか?」


「いいよ。どうしたの? 何か気になることでもあったのかい?」


「その言葉。わたし、聞いたことがあると思います……」


 思いもよらなかった美樹の言葉に、興奮した様子の真人が身を乗り出すように問いかける。

 バンッ! という音が研究室に響くほど、テーブルを強く叩いていた真人に、美樹はびくりと肩を震わせた。


「どこの種族の言葉なんだ! 意味は!?」


「ちょっと真人! 落ち着きなってば! 美樹が怖がっちゃってるでしょ!」


「わ、悪い……。つい……」


「あたしじゃなくて、美樹に言ってよね! まぁ、あんたの顔が怖いのなんて、今に始まったことじゃないんだけど?」


 場を和ますようにわざとおどけてみせる莉奈に言われた通りに、真人は美樹に小さく謝った。


「悪い。いきなり初対面に近い男が大きな声を出したら怖いよな。人付き合い苦手だって言ってたのに……。長年、気にかかってたことだったからさ。つい、気持ちだけ先走った……」


「いえっ、あの、わたしなら大丈夫ですから……。むしろ、気を遣わせてしまってすみません」


 そう言うと、美樹は柔らかく微笑んでみせた。

 大人しそうな印象のせいで気がつかなかったけれど、よく見ると目鼻がくっきりとしていて、整った顔をしている。


 髪の色も僕達とは明らかに違っているし、もしかしたら、美樹は別の国の子孫同士のハーフというやつなんだろうか。


 僕がぼんやりと、そんなことを考えているうちに、美樹は先程言い出そうとしていた話の続きを話し出した。


「その言葉はですね、昔は普通に使われていた言葉だそうです。わたし、図書館とか静かな場所で落ち着いて本を読むのが好きで……」


「俺も、本は結構読んでいるほうだが……、そんな言葉が使われている本なんて、見たことないぞ?」


「はい、図書館にはありません。表向きは、ですけど」


「表向きって……」


 何を言いたいんだ、と首を傾げる真人を横目に、美樹は宝物を見せびらかすように、少しだけ楽しそうに語り出した。


「小さい頃に、見たことがあるんです。図書館にある、秘密の隠し部屋を」


「お、おお……。なんだか、ファンタジーでよく見たことあるような展開になってきたな」


 まるで、本の中の主人公達が、この世界の謎を紐解いていく。そんな展開に興奮しているのか、比較的大人しめな美樹が、意気揚々と語り出す。


「図書館の一番奥に、古い本が沢山並んでいる本棚があるんです。そして、そこには狭い通路が幾つかあって……その中でも、決まった方向に曲がっていかないと元の場所に戻ってしまう通路が一本だけあるんです」


 本当に映画のような話だ。僕は、心の中で大作ファンタジーだとか、SF映画だとか、推理小説を思いおこした。


 決まった方向に曲がらないと戻ってしまう通路か。

 一体、どういう仕組みでそんなことを可能にしているんだろうか。


「わたしはそれが迷路みたいで、パズルみたいで面白くて、正解に辿り着けないのが悔しくて、何度も何度も試してるうちに、正解の通路を見つけたんです。そこの通路だけが行き止まりで、奥の壁に一つの絵が飾られていました」


「普通に考えたら、あまり見せたくないような貴重な絵を隠しているとかだが……。それが、隠し部屋への入口だったってことか」


「はい!」


 幼い子供のように、美樹がキラキラと瞳を輝かせた。


「その絵には、階段が描かれていました。吸い込まれそうなほど、奥まで続いている階段の絵は、よく見ると所々ずれていておかしくなっている箇所があったんです」


 仕掛け扉というやつだろうか。僕は、寄木細工のからくり箱のようなものかと想定して、美樹の話に耳を傾けた。


「そのおかしくなっている部分を、ずらして正しい絵になるように直してあげたら……。カチリと音がしました」


 だんだんと調子が出てきたのか、おとぎ話を読み聞かせるような口調になっていく。


「ゴゴゴ……って石が動くような音がしたと思ったら、階段の描いてある絵が引き戸のように横にずれて、その絵にそっくりな階段が目の前に現れたんです!」


「隠し通路に、隠し扉。お次は階段か……」


「階段の左右の壁は本棚になっていて、古い本がぎっしり詰められていました。幼かったわたしは、暗くて、怖くて……」


 その時のことを思い出したのか、美樹は小さく身震いした。


「まぁ、厳重に隠してるような場所だからね……」


「怖くなったわたしは、手前に落ちてた本を拾って、急いで扉を閉めました。痕跡を残さないように絵を元に戻して……。あれから、あそこの通路へは入ってません」


 そう告げた美樹の目は、どこか寂しげで。

 その時に、階段の先へと進み続けなかったことを悔やんでいるのか、深い後悔の色がうかがえた。


「それにしても、よくそんな場所を見つけられたね」


「最初は偶然だったんです。図書館で絵本を探していたら、同い年くらいの女の子がなんだか楽しそうに走り回っていて……。向こうへ走り去ったと思ったら、また入口の方から現れたんです。何度も、何度も……」


「それは、確かに嫌でも見てしまうね……」


「はい。その不思議な光景にわたしは釘付けになってしまって、暫くその女の子の様子を見ていました。直接話したことはなかったけど、一方的に覚えてしまうほど図書館でその子を見かけました」


 美樹がちらりと姫花の鞄についている幼い女の子向けのキーホルダーを見た。


「そういえば、ちょうど姫花さんのつけてるキーホルダーと同じキーホルダーをリュックにつけていましたね」


 懐かしそうに目を細めた美樹の言葉に、僕や姫花がぎょっと顔を歪めた。

 遅れてきていた美樹には、姫花の話はかいつまんでしか伝えていなかったけれど、そのキーホルダーは姫花が失くした記憶の友達から貰ったものだ。


「み、美樹。少し待ってくれ」


「どうしましたか……?」


「その、本当にその女の子はこのキーホルダーと同じものをつけていたのかい?」


「……細かくは覚えていないですけど、多分同じだったと思いますよ?」


 その女の子と、姫花の友達が同一人物である確証はない。確証はないけれど、こんな偶然があるとは思えなかった。


「……このキーホルダーは、私の日記から消えちゃった友達から貰ったものなの」


「……わ、わたしの見た、あの子が消えていたなんて。それって、つまり……」


「……うん。美樹ちゃんが見たって言う、隠し階段の先を見ちゃったのかもしれない……。それで、きっと……」


 その言葉の続きを、姫花は口にするのをやめた。

 図書館の隠し階段から続いている秘密の部屋。それを見た人間は、きっと消されてしまうんだ。



 その階段を進んでいたら、消されていたのは自分かもしれない。その事実に、隣にいた美樹が青ざめていた。



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