第13話 母親の写真

 



「私には、お父さんはいない。最初っからいないの。別にこの世界じゃ、珍しくもないでしょ?」


「あぁ。親というのは、俺達を生むだけの存在であり、親のいる子供のほうが珍しいからね」


「そりゃそうよ。あたし達は、生まれてすぐに初等部で育てらるようになって、その後は能力によって施設を割り振られて。皆、その環境に身を置くことになるでしょ」


「そう。だから、だいたいの子供は親なんてものは知識としてしか知らない。知っている子は、特殊な環境に置かれた子供ばかりだよ」


「……何が言いたいの」


 その一言を聞くと、なぜか莉奈の顔色が変わって、少し冷たい態度になった。

 僕は、自分のことを話しているのだけれど、もしかして、莉奈にも何か心当たりがあるのだろうか。そうだったら、少し悪いことをしたな、と思いながら僕は話を続けた。


「まぁ、早い話。僕は母親を知っているんだ」


「えっ!?」


「母が何をしている人なのかは、知らないんだけどね。僕が小さい頃は、一緒に二人で暮らしていたんだ」


「恭哉は、覚えてるの? その、お母さんのこと……」


「知っているけど、覚えてはいないよ」


 僕は、ふるふると首を横に振って否定した。


「写真が残っているんだ。写真立ての裏に、恭哉の十歳の誕生日に親子で、って書いてある」


「写真……! それって凄く高価なものなんでしょ!? 図書館とかに置いてある書物ですら、ほとんど使われてるのは絵なんだよ!? それなのに、なんでそんなものが……」


「そこなんだ。写真なんて、どんなお金持ちな人でも残せるかわからないような高価な代物なのに、僕の家にはどうでもいいような写真がいくつもあるんだ」


 僕達の世界では、写真と呼ばれるものは、高価すぎてお金持ちの嗜好品としてしか存在していなかった。それなのに、沢山の写真があるだなんて、僕の家は相当特殊なのだとわかる。


「どんな、写真があるの?」


 好奇心から来るのか、姫花が身を乗り出して興味深げに問いかけた。


「そうだね。僕の写真、景色の写真、そして……おそらく遥か昔の、この世界の写真まで、いろいろかな」


「遥か昔の世界の写真……」


「そして、後は姫花の話と一緒さ。写真が残っているのに、僕は母の名前も、あの写真の人が母だってことも覚えていないんだ」


 母親の記憶が無い、と話すと、少し気まずそうに姫花は沈黙した。


「お母さんのこと……か」


 莉奈が消えるような小さな声で呟いた。


「そして、僕の場合は覚えていないというよりは、記憶がなくなってるといったほうが正しいかな。どうしてかは知らないけれど、全てを忘れているわけじゃないんだ」


 そう。全ての記憶がない姫花とは違って、僕は母を


「母に絵本を読んでもらったことも、一緒に過ごしたことも、母の笑い方も覚えている。それなのに母の顔を覚えていない。写真を見ても、この人が母だとわからないし、母がいつ、どうしていなくなったのかもわからない」


 静かに聞き入っている皆を見渡して、僕は話を続ける。


「いつの間にか、途中から母の記憶だけがすっぽりと失くなっているんだ。きっと、写真がなければ、母を忘れていることも忘れてしまっていただろうね」


「でも……。それって、お母さんとの間に何かがあって、恭哉くんだけが記憶喪失ってことはないの、かな……」


「僕も、そう思ったことはあるだけど……」


 消えた記憶ではなく、ただの記憶喪失なのではないかと言う姫花に、今度は真人が僕の話を引き継ぐように続けた。


「それはない。恭哉の母さんの記憶がないっての、俺もなんだよ」


「どういうこと……?」


「恭哉と俺は幼い頃からよく遊んでたんだ。そして、俺は恭哉の母さんにも会ったことあるらしい」


「ある、らしい……?」


「俺も覚えてないんだ。恭哉の母さんのこと」


「それなのに、会ったことがあるっていうのは、やっぱり……写真?」


「……ははっ。姫花、正解だ。恭哉の家に飾ってある写真の中に、俺と恭哉と恭哉の母さんの三人で写ってる写真があったんだ」


 そして、真人がちらりと僕の方を見た。


「それに、俺は恭哉と違って、恭哉の母さんのことは全く記憶にないんだ。忘れたことすら写真を見せられるまで知らなかった」


「忘れたことすら……。真人くんも……私と、同じ」


「正直、あの写真がなかったら、恭哉の言うことも信じてなかったかもな。未だに恭哉の母さんのことは、何一つ思い出せないんだからな」


 真人は自嘲気味に笑うと、これのおかげでここまでこいつとの付き合いが続いてるんだけどな、なんて僕のことを肘でつついてきた。


「他の根拠はいずれ話すけれど、このことから、僕はこの世界はおかしいと思い始めたんだ。絶対に、この世界は何かがおかしい」


 そう言うと、僕はぎゅっと拳を握りしめて、天を仰いだ。



「僕達は皆、記憶に関する何かが、大きな意思によって歪まされている。そんな気がしてならないんだ……」


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