第14話 母からの手紙

 



「……と、まぁ。こんな感じでいいかな?」


 一番手として話し終えた僕が、姫花達の顔を見渡すと、なんだか空気が凍っていた。しんみりとさせてしまったのだろうか。


「なんとなく、変な雰囲気にしてしまったような気はするけど、僕は覚えていないわけだし、純粋にこの謎を解明したいだけなんだ。この話に感傷的な感情はないから、皆も気にしないでね」


 嘘をついてるわけではない。が、誰もが微妙なひっかかりを感じているようだったけれど、知識欲であるという僕の言葉を受け入れてくれたようだ。


「よし! それじゃあ、この流れなら次は俺にしようか」


「そうだね」


 流石は真人だ。わざと場を明るくするような口調で、二番手を買ってでた。


「よし、俺の根拠だな。おかしいと思ったのは、まぁ、さっきの恭哉の受け売りからだな。理由って言っても、昔から遊んでた奴が証拠まで持って言ってくるんだ。信じる信じないって問題じゃなかったな」


 真人が僕を見る目が、少しだけ優しくなったような気がした。


「俺は、恭哉の母さんのことを覚えていないように、自分の母親のことも覚えてない。うちもそれなりに特殊な環境ってやつだったらしいから、家には母親がいたらしいんだけどな」


「今は、お父さんと住んでいるんだったかな?」


「あぁ。その親父も母親の話をしたりしないし、俺は母親も暮らしていたって事実すら忘れてて思い出せないからよくわからない」


 僕もよくは知らないけれど、昔から父親と二人で大きな家に住んでいたらしく、それでも、しょっちゅう僕の家に遊びに来ていたことからもわかるように、父親とは必要以上の会話はしていないらしい。


「でも、母親らしい肖像画を、机に伏せて置いてあるのを見たことがあるから、両親が仲違いでもしてない限り親父も覚えてないだろうな」


「なんでそんなことわかるの〜?」


 不思議そうに訊ねた優斗に、真人も質問で返す。


「ん、何が?」


「真人のお父さんが、お母さんを覚えてないってやつ。なんでわかるのかな~って」


 あぁ、と真人が頷いた。


「そりゃあ……、例えばお前が親父の立場だとして。もし覚えてるなら、今ここにはいない大切な人の肖像画とかってどうしておく?」


「ん〜、いつも見れるとこに飾っとく、かな?」


「だろ? 俺もそう思う。だけど、大切な人のに覚えてないとしたら……、飾って置きたいけど、毎日それを見るのは辛いだろ」


「辛い……?」


「だって、あれだぞ? 大切な人の顔だってのに、忘れてるってことは、顔を見ても全然わからないし、思い出せないし、知らないやつの顔みたいに見えるんだぜ。その矛盾ってさ、かなり辛いだろ」


 なんやかんや言っても、真人はお父さんのことをよくわかっているんだろう。その悲しみも、きっとわかっているんだ。


「あ、そうか。確かにそれは……申し訳ないし、辛いよね」


「申し訳ない?」


「覚えてない罪悪感みたいなのが、ずっと続いちゃいそうだよ〜」


「あぁ。そうかもしれないな」


「あれ? でも、それって……恭哉みたいに一部は覚えてるっていう前提にならないと成立しないんじゃないの〜?」


 真人のように存在してことすら忘れているなら、肖像画を見て、それが大切な人だなんてことも、わかるはずはない。


「それ……、お父さんが日記をつけていたとかじゃないかな」


「姫花もそう思うか?」


「……うん」


「俺もそう思ってたんだよな。実際、俺が母親を忘れてるって知ったのは、紙に書かれた記録からだったからな」


 そう言うと、真人はスタパットを何やら操作すると、一つの画像を見せてきた。

 それは、古そうな便箋に手書きで書かれた手紙を、電子的に取り込んだものだった。


「俺の母親という人が、俺宛に書いた手紙だよ。紙のままだと紛失や劣化が怖いから、取り込んでおいたんだ」


「これに、何が書いてあったの……?」


「もうすぐ自分は『死んでしまう』けど、泣かないで、みたいな内容だった」


「……死んでしまう?」


 その場にいる全員の表情が、怪訝そうに曇った。

 それもそのはずで、その言葉を僕達は聞いたことがなかった。


「俺達の知らない言葉だ。多分、この後の文章からして、いなくなるみたいな意味だとは思うんだけど……。どうして、俺の母親がこの言葉を使ったのかもわからない」


 僕は以前から聞いていた内容だったけれど、改めて考えても、その言葉がなんなのか、どこの国の言葉なのか、真人の母親がどうしてこの言葉を知っていたのか、謎は増えるばかりだった。


「『死んでしまう』っていうのが、本当はどんな意味なのか……。僕達は知らなければいけないね」


 僕の言葉に、皆が頷いた。



『死んでしまう』



 僕達の生きる時代に、そんな言葉は存在しない。

 存在しないはずの言葉を、真人のお母さんはどうして使うことが出来たんだろう。


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