第41話 父親
「……別に、避けてたつもりなんてない」
嘘だ。
もともと同じ時間に家にいることが少ないとはいえ、住んでいる家が同じなのだから、避けようとしなければ会っているはずなのだ。
真人は、あえて恭哉の家に行ったりして、父親から逃げ続けていた。
「……そうか。お前がそう言うのならそれでいい」
「……それでいいってなんだよ。あんたはいつもそればっかだな」
「……お前は私と喧嘩をしたくて
「そんな訳ないだろ!」
父親を前にすると、どうしても気づかないうちに頭に血が上ってしまい、喧嘩腰になってしまう。
「真人、落ち着いて!」
真人の服の裾をぎゅっと握りしめて、不安そうな顔で莉奈が見上げていた。
「莉奈。悪い……」
バツが悪そうに俯く真人に、莉奈はおろおろと真人と真人の父親を交互に見つめた。
(やっぱり、お父さんの前だと真人らしくなくなっちゃう……。真人に拾われた見ず知らずのあたしを何も聞かずに家族に入れてくれたし、世話もしてくれてる。そんな事が出来る人が悪い人ではないとは思ってるけど……)
莉奈自身もあまり込み入った会話をすることがないからか、真人の影響からか、真人の父親に対して苦手意識が生まれてしまっていた。
それでも、二人だけで家にいる時に真人の様子を聞いてきたりと、不器用なだけで真人のことを心配している普通の父親なのだと莉奈は知っていた。
「それで、私に何の用だ」
「……あんたに聞かなきゃいけないことがある」
「人を避けてまわったお前が、私に、ね……」
「……そうだ。もう、あんたから逃げるのはやめる。覚悟を決められない男ほど、格好悪いもんはないからな」
教授の研究室で、覚悟を決めた恭哉の姿を思い出して、真人は握った拳にぎゅっと力を入れた。
「……子供が言うようになったな」
「……子供だって、いつかは大人にならなきゃいけないからな。恭哉の為にも、自分の為にも。……母さんの為にも」
真っ直ぐな瞳で見つめて、そう言った真人の言葉に、真人の父親は眉をひそめた。
「母さん、か。覚えてもいない癖にか?」
「覚えていないからだ。あんたは、母さんのこと、恭哉の母さんのこと、この世界の仕組み、どこまで知ってるんだ」
「……さぁな」
「しらばっくれるな! 俺たちが何を探ろうとしてるのか、あんたならわかってるんだろ!」
「……知ってどうするつもりだ」
重々しく口を開いた父親に、真人は視線を逸らさずに告げる。
「……知ってから、考える。今はそれだけだ。何も知らないのに、どうするかなんて答えることは出来ない」
「……ならば、勝手に調べればいい。私のパソコンを貸してやる。……私のパソコンになら古いデータも入っているだろう」
そう言うと、吸っていた煙草をぐしゃりと潰して、真人へと鋭い視線を送った。
「餌をもらうのを待つばかりの子供に、手を取り足を取り、教えるつもりは毛頭無い。何も知らないというのなら、勝手に調べればいい。今はそれだけだ」
そう言って社長室の鍵を放り投げると、真人の父親は去っていった。
「……ははっ。結局、嫌な思いしただけで、あいつは俺に何も教えてくれないってことか」
ぐしゃぐしゃと髪をかき混ぜて、投げやりに笑う真人の服を莉奈が掴む。
「違うよ!」
「違うって、何がだ?」
「今はそれだけだって言ってた。餌を待つだけじゃ駄目だって言ってた」
「それは、あいつは俺の真似して嫌味を……」
「違う。あれはお父さんなりに、覚悟を決めてたんだと思う。餌を探しに行ってきたなら、食べれる餌を教えてくれる。きっと、そう言いたかったんだよ!」
「そんな訳……」
「あたしは一番近くで二人のことを見ていたから知ってる。二人は親子で、似た者同士で、わかりにくいけど優しい人だってこと」
そう言うと、莉奈は自信に満ちた表情で微笑んだ。
二人の間に、沈黙が流れる。
「真人はさ、お父さんが何も教えてくれないから、何を聞いても答えてくれないから、嫌いなんでしょ? だったら、お父さんのこと知ったら、きっとお父さんのこと好きになると思うよ?」
にぱっと明るい笑顔で答える莉奈の頭を、真人は優しくぽんぽんと撫でる。
「お前はほんと……前向きだな」
「ふふん! それがあたしの取り柄だからね!」
「……サンキュ。莉奈がいてくれて、よかったよ」
弱々しい表情で微笑む真人に、莉奈はにっこりと微笑み返した。
(私も、真人にそう言ってもらえるのが嬉しいよ。例え、私の特別と真人の特別が、違っていたとしても……)
ガチャ、と社長室の鍵を開けると、莉奈が元気よく扉を開いた。
「じゃあ、ぱっぱと探し出して、本当に聞きたいことをお父さんに聞きに行こう!」
「……よし! パソコンの方は頼んだぞ! 俺はこっちにある資料の束を漁ってみる」
「まっかせといて!」
どんと胸を叩いて笑う莉奈は頼もしくて、その笑顔が眩しくて、なによりも心強かった。
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