第80話 もう少しだけ……
「……父さんっ……!」
落ちる。
助けに向かうことも叶わずに、思わず僕は父さんから目を逸らした。
そして、視線を逸らした先で、父さんに向かって掛けていく姫花姿を捉えた。
声を上げる暇さえなく、僕の視界を瓦礫が奪う。
「……父さんっ! …………姫花っ!」
瓦礫に阻まれた向こう側に倒れる姫花が見えた。
姫花の身体が瓦礫の下敷きになっている。
どくん、と心臓が脈打った。
悲鳴すら上げずに倒れたままの姫花に、僕の手足はがくがくと震えていた。
「なんで、君が……」
姫花に突き飛ばされた父さんは、運良くシェルターの中へと倒れたようだ。
哉斗が姫花に近寄ると、僅かに姫花が身動ぎした。
「……気がついたら、身体が動いていたんです……。恭哉くんと、同じ」
しんと静まり返った部屋に、姫花の囁くような声が微かに聞こえる。
(……よかった。……だけど、このままじゃ姫花は死んでしまう……)
姫花の意識があったことに安堵しながらも、このままでは助からないことなど、火を見るよりも明らかだった。
何かを考えるようにしていた父さんが、僕に向かって叫んだ。
「恭哉、僕を……信じてくれるかい?」
父さんの視線がシェルターの中へと向けられていた。
そこには、人が入っていられるような大きな機械が入っていた。
「…………信じるよ! お願いだ、姫花を助けて……!」
「……わかった」
父さんが力強く頷いた。
「……桔梗、君は凄いね。死んでもなお、僕達の息子を救おうとしてくれるんだね」
父さんは機械に入っている幼い少女を見つめると、急いで倒れる姫花へとコードを繋いでいった。
「……恭哉!
「……それはどういう……」
専門的な内容を理解出来ない僕に向かって、父さんが一息おいて言った。
「……姫花には、先に死んでもらうよ」
それは脳を新鮮な状態で保存する為に、本当に死んでしまう前に仮死状態にするという意味だった。
けれど、身体を移すのが成功しなければ、その判断は姫花を永遠に失ってしまうことに他ならなかった。
うろたえる僕に、姫花が小さな声で言った。
「……恭哉、くん。私は……大丈夫、お父さんを……信じて……。絶対に、また会える……から……今は、逃げて……」
「……信じたい、けど……君を置いていくなんて、僕には出来ないよ……」
縋るように瓦礫を掴んでも、君には到底届かない。
無機質な瓦礫の冷たさが、僕の心を冷やしていった。
「シェルターの中なら恭哉がいるところよりもよっぽど安全だ。地下が埋まったとしても、空気も確保出来る。……もう、迷ってる時間はないんだ」
父さんが姫花へと目を向ける。息も絶え絶えで、顔色がどんどん悪くなっていく。
父さんが早く逃げろと僕に言った。
これ以上は姫花が持たない。それは僕にもわかっていた。姫花を安心させたくて、僕は精一杯の笑顔を貼り付けて、明るい調子で声をかけた。
「……絶対に、助けに来るから……もう少しだけ、待っていて!」
「……うん、待ってる」
それに応えるように、姫花が頬笑みを浮かべたのが瓦礫の向こう側に見えた。
僕は姫花と父さんに背を向けて、チカチカと壊れかけの電灯が光る廊下へ出た。
涙が出そうになるのを上を向いて堪えると、僕はひたすら歩き続けた。
泣いている暇なんてない。僕が無事にここを出られなければ、姫花と父さんを助けることが出来ないんだ。
潰れた足を引きずって、無我夢中で来た道へと引き返して行った。
振り返りたい気持ちをぐっと抑えて、僕は前だけを見て進んで行った。
階段には乱雑に沢山の本が倒れていた。
本の山を抜けて、やっとの思いで階段を登っていくと、隠し扉が開いているのが見えた。
地上に繋がる扉から、白い光が降り注いでいた。
新規登録で充実の読書を
- マイページ
- 読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
- 小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
- フォローしたユーザーの活動を追える
- 通知
- 小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
- 閲覧履歴
- 以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
アカウントをお持ちの方はログイン
ビューワー設定
文字サイズ
背景色
フォント
組み方向
機能をオンにすると、画面の下部をタップする度に自動的にスクロールして読み進められます。
応援すると応援コメントも書けます