第8話 お砂糖をたくさん

 



「はい。二人とも紅茶でよかったんだよね」


「うん。ありがと、恭哉!」


「ありがとう。恭哉くん」


 すぐに飲もうとして、ふぅふぅと息を吹いて冷ましている莉奈の横で、姫花がきょろきょろと何かを探している。


「もしかして、お探しのものはこちらかな?」


 ミルクの入ったカップと角砂糖の容れ物を差し出すと、姫花の顔がぱああ、と輝いた。姫花の表情が明るくなるのと比例して、なぜか僕の鼓動も速くなる。


「お砂糖、たくさんもらってもいいかな……?」


「はい、どうぞ」


「ありがとう」


 そう言って、僕が角砂糖の容れ物を渡すと、姫花は少しだけ遠慮がちにこちらの様子を伺いながら、ぽこぽことたくさんの角砂糖を入れはじめた。


「姫花は……凄く甘党なんだね」


「あ……。こんなに入れられたら、やっぱり嫌だよね?」


「ふふっ。そんなこと気にしないよ。例え、どんなにその茶葉に適した美味しい飲み方があるといっても、人の好みは様々だからね。美味しく飲んで貰えた方が嬉しいよ」


 僕がそう言うと、こんな些細なことが嬉しかったのか、少し身体を乗り出して、姫花が嬉しそうに熱弁する。


「そう、だよね! 私、よく入れすぎだって言われるんだけど、これくらいが丁度いいの! 全然、甘すぎだなんて思わないし……凄く美味しいんだよ!」


 よっぽど普段から言われているんだろうな。にこにこと嬉しそうに、また一つ、また一つと入れる様子がとても可愛らしかった。


 まぁ、紅茶一杯に対して角砂糖を七個は、僕も多いと思うけどね……。

 流石に、ここでそんな水をさすようなことは言わないけれど。


「ゴホン。それで……昨日、姫花が言ってた他の二人っていうのはどうするんだ?」


 わざとらしく咳払いをして話題を変えた真人に、莉奈が答える。


「チャットでやり取りしてるっていうのは、二人は知ってるんだっけ?」


「まぁ、ネット上での繋がりだから、名前しか知らないっていうのは姫花から聞いてるぞ」


「そうなんだよねー。だから、まずは直接呼び出すんじゃなくて、チャットでコミュニケーションとるのが一番だと思うんだけど」


「あぁ、俺もそれでいいと思う。お前らもそれでいいか?」


 これといって異論はない。

 僕と姫花も顔を見合わせると、首を縦に振った。


「よし、決まりだな」


「……えっと、スタパットに入ってるアプリでチャットしてるんだけど、これ」


「……知らないな」


「嘘! 本当に? メールより簡単! チャットでリアルタイムコミュニケーション! って、めちゃくちゃ沢山、街で広告が流れてるじゃん!」


「街って行っても、通学で通ってるだけだしな」


「うわっ、まじで。勿体なさすぎ……。真人でこれってことは、当然、恭哉も?」


 信じられない生き物でも見るように、確認するように恐る恐るこちらを見てくる莉奈に頷いてみせると、本日何回目かわからない大きなため息をつかれてしまった。


「まぁ、そういうのがあるんだよね。誰かが覗くと、ピローンってスタパットが鳴る仕組みだから、電話より手軽でメールよりリアルタイムなわけ。つまり、今でも運がよければすぐに話せるってこと!」


 スタイリッシュパーソナルパット。

 通称スタパットは、若者を中心に欠かせないアイテムだ。

 おじいちゃんかよ、なんて言われたりするけれど、スタパットを持っているものの連絡する相手の限られている僕達は、普段はメールか電話を使っていた。


 メールはスタパットとパソコンで連携させている。パソコンは大画面の為、長時間使っていても目が疲れにくいのがメリットである。

 デメリットはといえば、いつまで経っても、スタパットに疎いままなことなのだけれど。


「へぇ……。それは便利だな」


「そうなのよ! 相手がスタパットを身につけてるかどうかも、感知していて相手にわかるんだから!」


 物知りな真人を出し抜いたのが余程嬉しかったのか、なぜか誇らしげな莉奈による、スタパットの使い方講座が始まった。


「そのアプリの機能があれば、恭哉も呼び出しが聞こえなかった、とか言わなくなっていいかもな」


 う……。さては、面倒で電話にでなかったのを、根に持ってるみたいだな。


「ふふっ。これから連絡とる時に無視されても困るし、あたしが恭哉のやつに入れといてあげる!」


 それは、ある意味で不便になるな。

 なんてことを思ったが、都合が悪い時には、音を消していたと言い訳すればいいか、と早速リアルタイムに確認しない方法を考えながら、今は不満を言わないことにした。


 どうやら、莉奈はパソコンやスタパットといった電気製品が好きだったらしく、珍しく上機嫌だった。

 真人への態度も普通になるくらい、夢中になって説明をしてくれる莉奈は、とても生き生きとしていた。


「今はね、ネットも個人番号とリンク付けされているから、匿名性があるみたいに見えても国がちゃんと管理してるから安心なんだよ!」


「そうなのか? でも、結局は偽名……っつーか、ハンドルネーム? とかいうやつで、本名は分からないんだし、一緒なんじゃないのか?」


「違うよ! 全っ然、違う! 本名でやり取りなんてその方がリスクある事だって多いし、国が監視してるから犯罪っぽい怪しい動きがあったら、すぐに本人の所に駆けつけてくれるし、安心安全なの!」


「そういうもんか……。俺は監視されてるって方が怖いけどな」


「そんなの悪いことしてなければ、怖がる必要ないじゃん! まぁ、昔は好き勝手に情報を書き込めたらしいけど、今は個人で書き込んだり出来ないから、図書館のデータ版っていうか、それ以外じゃゲームや友達探すくらいしか出来ないんだけどね」


 話の半分ほどもついていけていない真人と僕を置き去りにして、莉奈はペラペラとネットについての知識を披露する。

 指先だけは器用に僕達の設定をしているようで、別の話をしながら作業が出来るなんて、と僕は莉奈を尊敬の眼差しで見つめた。


「よしっ! これで二人とも設定は完了したし、新たな仲間の勧誘に行こ!」


 設定の殆どを莉奈に任せてしまったが、無事にアカウントを作って貰えたようだ。


「いざ、電脳世界へ!」



 莉奈の掛け声を合図にして、僕達は残りの二人が入っているというグループチャットへとログインした。



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