運命の金糸雀 6.971
運命を連れてくる金糸雀
皆はカナリアという生き物を飼ったことがあるだろうか。そういうんだからご本人はカナリアを飼ったことがあるものだろうと思うかもしれないが、残念ながら飼ったことはない。ただし、一羽だけお世話をしたことがある。
あれはまだ自分が小学生のころ、まだ十歳にも満たない子供だった時代。帰り道にペットショップがあって、そこには金糸雀の名に相応しい真っ黄色なカナリアがいた。当時の自分はその美しさに見惚れて、そこの前を通る時はいつもそのカナリアを眺めては触れてみたいと思っていた。
最初は商品だからと、店長は触らせることを赦さなかったが、半年以上に渡り毎日そうやって見に来ていると、店主の良心にキタのか「一回触ってみるか?」と半ば店長が根負けした形で、そのカナリアを触らせてもろう権利が与えられた。
その後も毎日通い一年が経つころには籠の外に出して指に乗っけるほどになった。もちろん、そういう真似をしていると何度か逃げだしそうになったときもある。カナリアなりにも知性があるのか、そう慌てると自分の手元に戻ってきて、頭をクイッと傾げて「何かありましたか?」と白々しい顔をして心配してくる。その表情がどことなく腹が立つ反面、その行動が小動物らしくて愛らしいと思っていた。
そんなある日、四木と本国との争いが激しくなりはじめ、しばらくカナリアの元に行けない日々が続いた。時々、家の人間に黙ってカナリアに会いに行っては可愛がりそっと家に帰っていた。が、そのことがバレて、母さんを物凄く心配させたことから戦争が終わるまで家でジッしながらも一カ月に一回は顔を出していた。
それだけカナリアと過ごす時間が大切だった。けれど、その時間は突然、終わりを迎えることになる。
戦争が終わり、いつも通りカナリアの様子を見に行った時のこと。そこにいつもいるはずの金糸雀が姿を消していた。今思えばそのカナリアが売れないという保証がとこにあるんだと論理的なことを言いたくなるが、十代に成り立ての少年の自分に取ってはその事実が許容ができず、理不尽な怒りを覚えていた。
そこで遊学少年は店主に文句を言いに行った。店主もそのことについて何か言われることは目に見えていたようで、通常は個人情報だから喋ってはいけないが、ずっと来てくれていた小さな常連さんということで、特別に金糸雀を買って行った少女の話をしてくれた。
「お前さんが大切にしていた金糸雀は、つい先日君と同じくらいのお嬢さんが買って行ったよ。お嬢さんは他のカナリアに見向きもせずに、君のお世話をしていた金糸雀を見て『運命の金糸雀だ!』っていって目を輝かせながら『この子欲しい』といって来たんだよ」
「それで譲ったと?」とぶっきらぼうにその先の展開を口にはさんだ。
「いや、ワシはその子に『そのカナリアはよしてくれ』と言ったが 『この子じゃないとダメ!』といって『この愛されたこの子じゃないとダメなの!』って言って引かなかっただよ」
「……」
「それで、いつも君が来てくれる時間まで待ってくれと説得して、その時間を越えたら好きにしても良いと約束したんだ」
「…………」
押し黙る自分を見て店主はわざとらしい八の字の眉を作り「それで君は来なかった。だから、約束通りお嬢ちゃんにあの金糸雀を売ったわけだ。悪いね恨むならこれなかった自分を恨むことだな」と最後のあたりは反論も許さない本音を出し、これ以上の会話はなかった。
この時の自分はその行いに対してどう応えれば良いのか分からず、心の整理をするため「お邪魔しました」と放心状態のまま店を後にした。
もし現在の自分がその現場に居れば「良い飼い主に会えたんだな」と寛容にその門出を祝っていたかもしれない。けれど、まだガキだった自分に取って「僕の金糸雀どこの馬の骨かも分からないところに行ってしまった」と落胆する他しか選択肢がなかったはずだ。
子供の可能性は無限大とはいうが、その子供が見えている可能性はとても狭く低いものであると思う。
それから一週間後、またあの金糸雀がいたペットショップに向かったが、三日前に店が閉店したらしく、その面影すら自分の目の前から姿を消した。まるで今までの出来事が夢か幻だったんじゃないかと疑うほどに、空虚さを伴うショックを受けてしばらくの記憶がない。
だって、その時は二度とあの金糸雀に会うことも出来ないものだと思い、できればその思い出に浸りたかった。それすらないものにされたんだ記憶がなくなっていても仕方ない。
記憶の再開したところは、中学のころでもっとも辛かった時期からで、途切れ途切れであるが、壊されたものがあまりにも多すぎる日々だったと思う。
希望を失った人間は世間から悪いと思われることにでも縋り、その中で希望の糸を掴み続ける。何度、その糸に指を切られようとも――――
でも、それでも生きていて良かったと思う。だって、その金糸雀が運命を連れてきて、高校生の時に自分の価値観を形成するきっかけとなる、あの娘との出逢いを連れて来てくれたのだから、
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