交わした約束は安くない
「はい、これをお前らの組長さんに渡しな。それで二度とこの店にその代金とりに来るなっていといてくれ。それでも気を悪くしたら、中にある手紙を見せるか『あまり銀の名が付く人間をてこずらせるな』って伝えたら、無知な奴以外聞いてくれるはずだ。後は頼んだよ」
「……銀の人、そういうことか。やっと強さの理由がわかった。あの人のご氏族か。それは悪いことした。我儘だが、良ければ五代目に伝えておいてください『あなたの恩を忘れておりません』と」
「覚えていたらな。冬樹さん」
「これは敵わんけん」
そういってヤクザたちは帰っていた。が、一人その片づけを手伝う若者がまだ残っていた。
「これはフレームが歪んでるだけですね。叩けば直ります」
「掃除用具ってどこにあるの」
「ご厚意はありがたい……もう素直に甘えさせてもらいます」
「甘えとけ。なんなら、簿記の処理も手伝うが」
「さすがにそれはご遠慮させていただきます」
マスターの諦めにより、店内の片づけに追われて二時間。とりあえず、酒が飲める席を確保した。
「いいんですか。自分の分も貰っちゃって」
「五十歩百歩だ。気にするな」
「付かぬことを聞きますが、明日とか大丈夫なんですか。お仕事とか」
「こら、あまりそういうことは――」
素朴な新米の質問にマスターは叱責しようとしたが、制止して何事もないように「気しなくていいよ。自分はただの放蕩息子ならぬ世間では無職だから、この一杯以上にいっぱい時間はあるよ」とギャグを絡めて事を伝えた。
「あたしも罪を擦り付けれれて半年前にクビになった」
「なんだ、お前も無職だったのかよ」
「それで、しばらく実家で暮らしてたら、弟にあの合コンの招待券貰ったから参加して、今日君とこうしてよく分かんない状況で酒を飲む羽目になってんだけどね」
愚の音も出ない発言に男たちは、渋い顔をしながらも「乾杯しておくか」とグラスをぶつけ、何の会か分からない高級な一杯を飲み交わす。
「こんなの、親父と盃交わした以来ですよ」
「ヤクザって、そこら辺は義理堅いよな」
「そうですね。親父がいなかったら今ごろ親戚にこき使われて、何をしていたことやら、馬鹿だから想像つきませんが」
「そうか、家で雇ってあげたいと思ったんだけどな。難しいか」と、この店の店主は、雇いたいという意思をほのめかした。
「え、いいんですか。自分ヤクザ者ですよ」
「もう今更だろ。それに敵前逃亡した。なんて言われたら、追い出されるか指を切るとかなんとかされてしまうイメージがあるから、そうなったら雇おうかな。なんて考えていたところだ。片づけを手伝ってくれる人柄を見ての判断だ」
「アサシンかよ」
「ユガ、そこは人情映画の見過ぎって、突っ込むところだよ」
「雰囲気が台無しだ」とマスターに咎められつつ「どうだ。できれば前者の五体満足な状態で雇いたいとこなんだが、もし後者でも雇うが――やるか」と新米に訊く。
「んー」とまだ煮え切らないおでんのように、険しい顔。
新米の立場としても望ましいウマい話だ。個人的見解においても、この雇用主はまともな人間であることは間違いない。初めてくる店の人間でもある程度の洞察力があれば、それは量れる。少なくとも簿記を見せないようにしたことは何よりも評価点の高い部分だ。
そこでこちらからも一押ししてみることにした。
「仮に五体満足でヤクザ業に戻ったとっころで、その産業自体が下火だ。これは紛れもない事実だ。撲滅運動が掲げられるほどにだ。社会的信用として、このマスターにか問われるのが最善だが、あくまで伝統と想像の観点としてそう軽んじて行うべき事じゃない。それにもっとも言いたい点として、顔はヤクザ向きだが人間性が不向きすぎる、雨の中子犬を助けても何のギャップにもならないくらいにな」
「会って数時間の人間にそういわれると、何か複雑な感覚がしますね」
「それに、仮に組のところに戻って指切りに行かなくとも、素直にここで働く選択肢だってあるでしょ。顔は向きでも筋肉とか体型は、地元の怠けジジイよりもないし、細かくガラスを拾ったり、物を直す見識を持っている時点でなくすには惜しいよ」
カナは直接モノづくりを見てきた田舎の人々の行動も踏まえて、為すべきアドバイスをした。その点においても同意すべき部分。二時間程度で事が済んだ手際の良さには目を見張るものがある。
そして、彼女はとどめの一発として「そもそも、指切ったところで雑魚は雑魚で変わらないでしょうに。切ったら半分になるんだっけ?」
それを訊かれた自分は「いくらゼロに数字を四則演算したところでゼロはゼロだぞ」辛辣な言い返した。
新米は苦笑いをしながら「反応に困りますね」と回答。
「……分かりました。ひと晩では結論は出せませんが、マスター前向きに考えさせてもらいます」
「そうか。期待させてもらうよ」と一度保留。
魔王は「おう、頑張れ」とエールを送り。
嬢王は「最善をお祈りします」と祝福を与えた。
こうして、初めてのデートは波乱の出来事と共に幕を閉じて、また新しい日常の日々が幕を開ける。それは誰にでも訪れるありふれた物語だ。
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