夜のとばりの魔王と平伏の嬢王

 喧嘩と言っても柔道や古武道といった相手の力を利用する戦い方法で、某ゲームの用語を使うならCQCと言った方が良いか。殴り合いの喧嘩よりも体力を使わずに相手を屠れるし、正当防衛の観点でも好戦的に殴り合いをすれと場合にもよりけりだが、過剰防衛でこの地では犯罪にはならないが書面的には傷がつく。


 優先的に兄貴と呼ばれている男を優先的に潰し、足払いをして、強い殴りがこればその勢い利用してぶん回し、取り巻きを巻き込んで壁に叩きつける。その攻撃を受けてもそのタフな兄貴は食ってかかってくる。


 取り巻きの一部が女を人質にすれば逆転できると、わざわざカナが大声で襲ったらぶっ飛ばすと言ってくれたのに、突っ込んでその状態の下がった頭に向けて大きく脚を振り上げ、下ろしたてのあの作業靴で首と背中の合い中にその踏み付けが入り、道路にへばりつく蛙のごとく地面に平伏することになった。


「やっぱそうだ……」と好戦的じゃないヤクザが怯えながらスッと戦いの場から身を引き、マスターに「片づけ手伝わせてください」と後処理を考えさせる始末。


「こいつタフだな。腐っても、常和近くのおっさんだな」

「ううぅ。若いだけで人を殴るメンタルもないクソガキが」

「そうか。なら、次の一発でおっさんを黙らせる!」


 力のつばぜり合いの均衡を崩させ、距離を取り、自分は軽く拳に力を入れ、相手は全力をお見舞いしてやると、握る肉の音が聞こえる。


 この一発で勝敗が決まる。


 その状況を皆が見守り、時が伸ばされたその一瞬、避けたり弾いたりするのは無粋だなと思い、左腕で真正面に拳を受け、自分の右の拳は「心破!」と肉薄な衝撃を真の腹の溝に打ち、前のめりだったはずの男の肉体は後ろにバランスを崩す形でぶっ倒れた。


 喧嘩終了。


 自分は左腕を負傷しただけで、後は五体満足。非戦闘員以外は敗北に腰を抜かし、手を上げて疑似的白旗を揚げる。


「かッなんてやつだ」

「満足したか。今の若者でも殴り合いのけんかができる人間はいるんだぜ。いや、またそういう時代がやってくるのかもしれねえな」

「…………」

「まったく、猿真似が好きじゃないと言いながら、すぐそう使っちゃう」


「冬樹さん相手が悪かったですよ」と安全なところで観戦してた、その若者は兄貴分の男に、仕方ないですよと伝えるがごとく、負け試合だったと告げた。


「何?」

「冬樹さんの世代では分からないと思いますが、この二人『平伏の嬢王』と『夜のとばりの魔王』ですよ。一端の人間がやれる人間じゃないです」

「は?」


 冬樹と呼ばれているタフな男は、なんだそれと口を開けていたが、部下たちは知っていたらしく。


「平伏の嬢王は知らないが、この男が夜のとばりの魔王か!」

「通りで強いわけだ……」

「マジか」


「ジェネレーションギャップだな」と小言に自分は呟いた。


 各々が怯える中、一人の女性が「何そのダサい名前」とシラケた目線を向けて喧嘩の勝者に見詰めてくる。


「俺は一度も言ったことはない。周りが勝手にそう呼んでいるだけだ」と今の相方に軽く説明をして、この後の処遇を考える。


 こいつ等だって、仕事で門番代とかいう、みかじめ料を回収する仕事で来たんだ。敗北者とはいえ、立たせてやらないと可哀想だ。


「で、いくらだ。門番代」

「え?」

「もう一発食らわされたいのか。門番代だ」

「お客さん⁉」

「ハハ、ウワサ通り。そり以上の人ですね」


 口々に驚かれながら再度「で、いくらだ」と訊く


「十五万」

「嘘つけ。この店の規模だ三十万だけとほざいても、信じるぞ」

「……⁉」

「冬樹さん、素直に行ってください。この人は敗北者だからって控えめに行っても殴る人だから」

「どこの立場でいってんだ!!」

「おっさん受験料込みで教えてやるが、長生きしているからって、偉そうにしてはダメなんだぞ。そこはどんなに世代を跨いでも一緒だ」

「う……二十五万」


「そっか」と財布の中身を確認して「マスター一番高い酒一杯いくらだ」と訊き「いっぱい一万ちょっと下ですが……まさか」とマスターは口を開けた。


「充分飲めるな。はい、八十万。あ、帯付だと変な勘違いされるんな。マスター封筒解かないこの金額が収まるやつ」

「本当にいいんですか?」

「いいから早くしてくれ、後片付けの時間が長くなる」

「そこまで、やってくれるんですか!!」


 マスターもヤクザたちもドン引きして別の意味で腰を抜かした。前にもそんな光景を見たことある新米ヤクザは、また見れるときがあるとはなと遠くを見ていて、今日彼女として初の付き合いを行っていた女性は「あたしも手伝うから早くして」とツッコんだところで、野暮だと判断したのか、相手方を急かす。


 この状況を見て、あの祭囃子が言った通り「熟年の夫婦かよ」と本人でも言いたくなるほどだった。

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