価値ある存在 6.970

酒の肴は人の業か余計な気遣いか

「やだーまだ帰りたくない」

「同感だ」


 夕暮れ時、サイレンも鳴り終わり街はあと数分もすれば夜のとばりが訪れる、そんな時刻。特別な感情を男女が二人酒を飲む。アルコールが入ると人の本音が出るとはよくいうが、二人の場合ベースの性格ではむしろやらない発言や行動が露呈していた。


「意外だナ~まさか名残惜しいなんて思うなんて」

「気配りし過ぎ女でもワガママなことを言い出すとはこりゃ重傷だ。けど、解釈次第ではお前の性格に合ってるよ」

「ブー言ってることは分かるけどさぁ、今日は楽しすぎたんだもん」


 お互い発言発言に酒をあおりながら、会話を続ける。誰かと酒を飲むというのは何年ぶりか。酔った頭で思い出しても、二人で飲んだ記憶はここ最近でも晴彦の兄貴と飲んだくらい。大学時代の人間でも大概集団で飲んでいたから男女としては始めたかと、想い想いに耽っていた。


 カナメは最初にバーで頼むにしては似合わない生ビールをジョッキで一杯飲んだ後、ブルーハワイカクテルをもう二杯飲んでいる状態。自分はマッコリを二杯飲んでいる状態だ。今のうちに襲撃されたら、今日食べたものが出てきそうで怖いところ。


「飲みすぎるなよ。初めてくる店なんだからお世話はでき――おっと、シマッタ」

「ちょっと、お背中流すのが必要なのは、ユガの方じゃ……にゃい」

「いつから、ここはソープになった」

「いったことあるの?」

「ただのオヤジネタだ」

「お客様こちらを」

「悪りい」


 お互い酔い過ぎて、こぼしたものを掃除することを忘れるくらい飲んでいたと思う。こんなところを知り合いに見られたりしたら、一生のお笑いネタだと思った。


 タオルでこぼしたマッコリを拭く。酔っていても人の視線は分かるようで隣から光線でも出ているのかと思うくらいこちらを見てくる酔いどれが一人。


「まったく、かける相手を間違えてんじゃない。マッコリじゃ、面白くないからどぶろくとかこぼしてみなよ。それとも――」

「デート一発目にかます事じゃない」

「もんだいないよ。じいちゃんの頃はありふれていたことだったようだし。ゆみ兄さんもそういう遊び好きだったから」

「比較対象が間違っている。その言い方だとその兄貴、既婚者だろ」

「なんでそう思うの?」

「ほぼ決め付けだ。兄さんとか兄貴とか慕われている生き物は、決まって既婚者かもう子供がいる。血が繋がってなくともな」

「それじゃあ、うちは大大大家族だ。パッと思い出せる人間でも二十人いるし」

「…………まだそんなところがあるんだな」


 思い出話をしながら酒を飲むと葬式の時くらいに記憶が蘇ってくる。おかしなことで苦労した、怪我をさせてきた、暴言を吐かれたことも思い出すが、何故か全部良い思い出に変換されて、それをきっかけに愉しかった、ダサかった、格好が良かったとかいう印象深く心地よい思い出がフラッシュバックする。


「そうだね。でも、また始まるんだよそういう時代が!最近さぁ、そのお兄ちゃんがそこの自治体を買収して村を作っているのよ。それでさ――――」


 相坂カナメは酔いが回りすぎてか、ベラベラと地元のことを喋りまくり、体感時間でも三十分以上は喋り続けていたと思う。記憶が飛んでいる間も自分は相槌を打っていたらしく、聞いているかどうかよりも喋り切りたいという欲で彼女は喋っていたから、言い切ったあと眠そうにしている自分を見て、申し訳なさそうになったとか。


「この後どうする。また別の店で飲む?それとも……解散?」


 時間が経ち、温かい白湯をチビリチビリ飲む手前、心配しているのか不安がっているのか、それとも酒の悪酔いで気分が悪いのか、少なくとも良い顔はしていない。もういつからかは分からないが、デートと言うより体験したことはないがまるで派遣の優秀な男が、派遣先の女上司に飲みに付き合わされて、そのまま帰ろうとするのを止めるような、ベタな漫画の雰囲気。


 無職には時間制限はほぼ無いが、彼女にはそれとは違った明日がある。また会えますか、なんて言われれば、自分は放蕩息子だから「今度はいつする?」と相手の都合も考えないようなお気楽な発言をしてしまうはずだ。もちろん、彼女の言った「別の店で飲む?」という質問に応えるのも良い。


「さて、どうしたことか」


 もしタバコを吸う人間なら一本やってたようなセリフを吐き、決断をしようとしたとき、バンッと木製の扉をけ破るような音がして、そこに目線を送るとそこには絵に描いたようなガラの悪い男たちが数人。ドアを開ける音でも分かるが非常に気が立っているようだ。


「何の騒ぎ?」と蹴破った音には驚いた顔をした。


 そのあとの反応は怯えるどころか災害が起きた後に掃除でもしますかと思い立ったかのようなみたいな表情。多分自分も同じ表情をしていたと思うが、蹴破る音よりもカナメがその行動を取ることに驚きが隠せなかった。だけど――


「おい!マスター今月の門番代出してもらえますか」

「あ、まだお客さんがいらしゃって」

「やけんどうした!!話が利けんなら、うちのシマで商売をやったらあかんけん」

「ちゃんと役所からも許可貰ってます。やるにしてもお客さんが――」

「そうか」


 マスターはお客様の身を案じて外に出す系のことを言おうとしたようだが遮られ、客人である自分たちの傍まで来て、ドスの効いた声で耳元で「帰ってもらえますか。邪魔で仕方ないけん」と脅してくる。


 自分は彼女に「都合はどうだ。動けそうか?」と訊き、カナメは「えーと、動けるよ」と自分のやろつとしていることにわざとらしく顎に指を付けたあと首肯した。


「すみません、お客さん」と申しわけなさそうに、頭を下げるマスター。


 だが、そんなマスターに対し自分は「こちらこそすみません。高いお酒とかは安全なところにしまってくれます?」と何をしようとしてるかアイコンタクトで伝えた。


 マスターは「まだこんな時代にそんな人がいるんですね」とどこか熱いものを感じながら急いでその指示を受けてくれた。


「なんだ。でめえ」

「うるさい。今から高い酒を二人で、サービスで三人で飲もうと思ってんだ。邪魔するなら、お前らが帰れ」

「あ”ん”!」

「ごめんなさいね。うちの彼氏、貴方みたいな脅すだけの弱そうな人には興味なくて――ね!」


 その煽り文句に簡単に引っ掛かた柄の悪い男もといヤクザは彼女を殴る行動に出て、既に動く準備ができていたカナはその拳を手首から掴み弾き、小慣れた感じで処理を取った。


「何だこのクソアマ――」


 次の一手を彼女にブチかまそうとするその腕をあまり曲がらない方向に捩じり、痛がっているうちに腹の溝に肘を入れた。


「なんだてめえ」

「勝手に俺の彼女に触れようとすんじゃねえ。あと、アマは赦すがクソは赦せないな。クソババ言って良いのは、俺か、それの子孫だ」

「ガキが調子こきやがって!!お前ら、このクソガキどもミンチにしてやれ!!」

「「へい、兄貴」」


「…………」と何か一人だけ自分たちの力量を分かっているのか。はたまた、新人だから怯えているのかあまり戦う気はなさそうだ。


「まあいい。やっていまえば簡単だ」


「頑張ってね。喧嘩中は気にしなくていいから」と、カナメはお手洗いの窪みに立ち観戦。


 それも盛大な煽りになったのか、門番にふんした出来損ないのヤクザたちは、自分に一点集中に襲ってきて、その攻撃をある程度さばき、相手から距離を取って、喧嘩の幕を上げた。

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