真の価値は誰にも譲れない
たんぱく質で腹を満たし、続いては雑貨屋に寄った。これは相坂からの提案で、何か思い出の品が欲しいとかなんとか。それを聞くとカナも女性なんだなと、改めて理解する。
店内に入った途端に買い物スイッチが入っため、彼女は相方の事も気にせずに商品を眺めはじめた。
女性の買い物というものは、男性が他の女性の胸や尻を見るくらいの脳内麻薬成分が出るほどに興奮するものである。男性からしたら、買いものなんか目的の物を買えばよいと思うのが大半だと思うが、そこは自分たちがあの目線で見ていると時と同じと考えれば、寛容に許容すべき行動と言えよう。
「ねえ、これとこれならどっちが良い?」
カナは気に入ったものが見つかったらしく訊いて来た。ここで、何も考えずにこっちと言ってしまえば、女性は気を悪くする。
男性の世界観からすれば、どちらかはっきりしなければキレられるが、女性の場合、どちらも良いと判断しているし、もう既に買うものが決まっている。何故、そうなのに訊いてくるかというと選んだ物(価値観)に共感や承認が欲しいという意図がある。仮に買う予定の物を選べたとしても、選ばなかった物の価値観の否定になるから、不機嫌になってしまう。
面倒かもしれないが、両方を褒め、その上で君はどちらが良いと訊かねば、上記のような状態になる。
「そうだな、こっちは青い輝きが綺麗だからきっと似合うと思うし、もう片方はシルバーのシンプルさがカナを輝かせると思うよ」と、思いつきの定型文で褒め讃えた。
「……そう、なら他にする」
「……?」
考えていた反応と違う。当時は何で気を悪くしたかは分からなかった。しかし、後に聞いた時『他の女性と同じ扱いしたから気に入らなかった』と腹を立ててやめたそうだ。そういわれると納得してしまうが、それを初見で行うのは難しいと、当時の自分を正当化している。
買うのをやめた相坂は趣向を変え、今度はペンダント売り場に行き、一つのロケットを持ってきた。
ロケットと聞いて宇宙に飛ぶ方を思いついたなら、墜落させておけ。ロケットとはペンダントの一種で、小さいものを収納することができる、ちょっとサイズ感のあるものとなっている。その中に思い出の写真や品、常備している薬とかを入れている用途があるため、大事な場面に持っていくお守りにもなるし、紳士の嗜みとして持ってる人が多いという汎用性が高いアイテムだ。
「これが欲しいのか?」
「違う。いるかどうか訊いてるの」
「自分にか!?」
こんな質問は初めてで驚いた。母から、いるか、いらないか、くらいは受けたことはあるが、他の女性から欲しいか?と訊かれるのは初めてだった。いつも渡す側だったから、動揺すると同時に新鮮な気持ちが湧き上がってきた。
「あ、着けてみないと判らないよね。掛けられる位置に下がって」
「ああ、わかった……」
動揺の隙を突かれて素直に指示に従った。
首に掛けられ直った瞬間「やっぱり、着けると格好良くなったね。筋肉の無い分よく目立つ」と自画自賛。
「それ、男に言うべき褒め言葉じゃないぞ」
「クスッそうね。でも、本当にユガに似合うんだから仕方ないじゃん」と、笑われてしまった。
正気に戻って首輪をつけられたと想起させられ、策に嵌ったと脳裏で嫌な気分が通過したが、「どうしたの?」とキョトンとカナリヤ顔を見せられて、カナは純粋に物を選んでくれたのだと確信し、その想念を消した。
彼女は悪戯するときは少年のように笑い、何も策がない時はカナリアフェイスをする。まったく、わかりやすい唯一の女性だと頭の中で記録がまとまった。
「じゃあ、買ってくるね」といつの間にかに返事して渡したのか。ロケットは既に相坂の手元にあり、会計へと向かっていた。
自分も何か買ってあげたいと勝手ながら思ってしまった。人生で、建前で品を送ったことがあっても、誰かのために贈るという事は考えたことがなかった。
雑貨屋を見渡し、これだ!と見つけたものは、青と銀色が輝く陳腐なデザインをした小さな髪留めだった。相坂が買ったロケットよりも安いものである事は重々承知だった。だけど、カナにつけて欲しいと切実の思う思いだけが先行していた。
入れ違うように会計を済ませ、店員は作業体ではあったが丁寧に紙袋にいれて、商品を手渡した。正直、紙袋に入れてもらうのも忍びなかったが、今やどうでも良い。
お互い買ってきたものを交換し、やっと彼女の元に髪留めが届く。中身を確認する彼女は、安価な髪留め、または髪飾りを見て。
「こんな安物じゃ、売ることもできないね」と辛辣なコメント。解っていたが、そうだよなと納得した。気持ちが急降下する中、その気分を意図的に、いや違う。その気分を弾き返すように純粋な照れくさい顔をして。
「だから、大切にする」と、もうこの上ない思いを返してきた。その瞬間に、嗚呼、この人間は一生居てくれる『大切な人物』であると確信した。
言葉にやられたところもあるが、一生付き合うだろうと確信する人物は、決まって老体化した表情が重なる。この本書でてきた人物のほとんどが、その老体の姿を見出している。悪くいえば、若い姿を見たという事は長く続かないということだ。
「本当……やられちまうよ」
しばらく、喜ぶ相坂要を眺め、どのくらい経ったかは知らないがその感慨に浸り続けていた。そして、金じゃ買えない価値がある事を識った。
では、料理店では払わなかったのは何故か?これもあとで聞いたのだが、カナは「だって、勝手に予約して、勝手にいびって、金払えって。あんたが勝手にやったのだから、価値ある価値無し以前の問題だったから」だそうだ。
人の気持ちというものは人それぞれだし、その価値も様々。真の価値というものは人の思いと対応でしか受け取ることが出来ない。それが何よりも自分の大きな収穫となった。
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