来たことに価値がある

 翌週に彼女の提案のもとデート開始することになっていた。


 前回のこともあり、送れたら面倒だと思い一時間ほど早く待ち合わせの場所に来た。普段の自分はマイペースに十分から五分前に着いているところを一時間はy宅来てしまうのだから、きっとそれだけ責任を感じていたのであろう。


 それから予定に時間となり周囲を見渡してみたが、いるのは監視員として隠れている例の先輩と看護科の女子生徒。彼女が遅れてくることは分かっているのか、時間を一度確認した後はジッとこちらを見張っている。


 一時間経ち、二時間経ち、三時間も経って、正午のサイレンが鳴るころ。全然待てたけども、シンプルにお腹が減ってどこかで軽食でも買おうと財布の中を見て、監視員の様子を見る。隠れているはずの二人はお手洗いか自分同様に軽食を求めてどこかに行っているのか姿がない。


 この隙に軽食を飼いに行こうとその場を離れようとしたその刹那、カチッとわざとらしい声とストップウォッチ持った彼女の姿があった。


「タイムは三時間四六分〇二秒。いや、先に来た時間を足したら、五時間くらいかな。まあいいや」とぶつくさ自分が待っていた時間よりも早く来てましたアピールをしてきてくるものだから、自分は「いたんだったらさっさと出て来いよ。時間の無駄だ」と自らの行いの罪を棚に上げ、彼女を睨み付けた。


「アハハ、デート現場にも来なかった大罪人が良くいうね。ちなみに前回いつまで待っていたと思う?」と突然の質問。


 いつもの自分なら「どうでもいい」と一蹴するところなのだが、前回の戦犯があるから「そうだな……。五時間も待ってお前はぴんぴんしているからそれ以上か?でも、先輩は午後三時になった時にはいなかったとも言ってたしな……」とここまでは頭で考え「そうなると大体七時間くらい?」と口では回答した。


「おうおういい線いってるね。計算上は」と、頭の中を覗かれていたかのように決め顔をしてくる蛍。


 続けて「答えは、午前八時から午後五時まで遊学くんを待ってました」と両手を腰にやりムフーとドヤ顔を披露してきたから、思わず「そこはブチギレるところだろが」とツッコんでしまった。


「何?そんなに怒って欲しかったの?」とハトが豆鉄砲を食らったかのような表情をして、自分は「俺ならそうしてた」と親指を立てて自分のことを指した。


 けれど彼女は恥ずかしげもなく「怒るわけないでしょ。今回は来てくれたんだからとっても嬉しい。むしろ、帰った来るかどうかも分からない人を待つ方が、よっぽど怒るよりも辛い」と顔は笑っているが、その目は深い闇を湛えていた。


「それに、待ち時間というのは期待と信頼度を表す時間だからね」とその顔に上塗りされた、空っぽな笑顔を見せられて「悪かった。代わりにないか奢らせてくれ」と、きっと女性が喜ぶだろう発言をして、彼女を元気づけようとした。


 蛍はそれを聞いて「じゃあ、俺っていうの禁止ね。僕もダメ」と、金銭とは関係ないお願いをしてきて「そうだ!これからは自分って称して頂戴」と常人では理解できない発言をされて、「何でだよ」と論理てきにはりかいできなかったが、彼女は「だってさ、俺様って虚勢張っているようで気持ち悪いんだもん。それに自分と言っとけば、いざって時に逃げ口にもなるし」と、自分の心の中で引っ掛かってた思いを引き出された感じがして「分かった」と自然とその指示に従い。以降、感情が昂った時以外は『自分』と一人称をそう称するようになった。


 彼女との会話は傍から見れば、テレパシーで会話をしているのかと思われるかもしれないが、実際彼女と会話をしている自分ですらその読み取り能力に、頼り切ってしまった部分があって、その癖が抜けず前置きしないと誤解を生む発言ばかりが多くなった経験がある。


 そのくらい人を見る目があり、デートでは自由奔放に立ち振る舞うが、他人に気を使うときはどこか見捨てないでと怯える顔を滲ませてくる。普通なら励ましたりどうしてか訊くだろうが、出逢ったときのあの優しいサバサバ感を受けた身としては、そこに触れず今という楽しい時間を過ごす方がお互い僥倖と思いその日のデートは過ごした。


 この行動が良かったのか蛍は、デート初日にして「家に来ない」と誘われて、最初「自分を信用し過ぎだ」と断ったが「見せたいものがある」と言われて仕方なく城島蛍の家に行ったところ、そこにはもう会えないと思っていた『金糸雀』がいた。


「見せたいものってこのカナリアか?」


「うん、県外のペットショップで買った子」と籠から出して、自分の方に向けた。


 カナリアは自分の方に乗ってきて、あのときのように白々しく首をクイッと傾けて満足したのか、籠に戻り止まり木であの真っ黄色な羽をバタつかせる。


「この子、賢いでしょ」とイタズラに笑う彼女の顔を見て、小学生ぶりの昂ぶりを感じた。


「名前は?」

「すずちゃん」

「フッこいつは金糸雀だぞ」

「知ってるよ。世話をしていた人はカナちゃん言ってたみたいだけど、何か人名ぽくて違和感があるから変えた」


「そっか」と他愛のない話をして、何事もなく自分は下宿先に帰った。


 翌日、蛍の「家にまで呼び付ける仲になった」と発言して、先輩から「マジで一発したのかよ」と面倒なノリに巻き込まれて大変だったが、関係の代謝が速い学校だ、そのネタはすぐに埋もれて一学期が終わるころには厳選されて、自分と蛍、調理科のヤツ、看護科の女子生徒、哲学科のオタクがいつものメンバーとなっていた。


 高校の二年間それで生活し、彼女が持ってくる事件によく引きづり回されて、その影響で実質専属で事件を処理をしてくれる刑事や交番の人間が付くようになり。町でも有名なトラブルメーカーの一人としてそこそこの知名度を得た。


 この日常に「キツくないか」と蛍に訊いたことがあって「人生で最も愉しい日々だよ」と、そのちゃんと表情筋が動いている笑顔を見て、これから先もそんな顔がみられるのかなと確信しながら、そのイカレタ日常を愉しんだ。


 けれど、三年になった時に蛍は正体不明の病気を患い、その一年は病室で過ごすことになった。後のどうなったかはもう語っているから抑えるが、何度思い出しても目頭が熱くなる。


 それで、この後にされる妻との馴初め話にどう繋がるんだと気になると思うが、それは次のページで理解できる。

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