死者に託された運命 10.267
死が纏う運命の先触れ
親父が懇願してきて数日の時が過ぎ、自分は家にいるのも落ち着かなかったので、気晴らしに町中を歩いていた。
高校生の時は年に数回。大学生の時は入学が決まり一度、荷物の整理のために帰って来たくらいだから、実質、七年ぶりの散策となる。
この前まで一年生だったガキでも七年経てば、親の背も越してしまうこともある年月。つい七年前までボタン式の折りたたみ携帯が主流だったのに、たった三年程度でタッチパネル式の携帯に塗り替わり、最近では脳にチップを入れようぜという流れがが来ている。
当時、まだ二十代前半の人間でも、もう古いのと驚かされる速さだ。お年寄りからしたらトイレ行っている間に外出たら別世界みたいな、異世界転生モノも真っ青な世界観なのかもしれない。
それだけ、歩いている町並みにも変化も多く見られた。小学生の時は家に放置されていた小銭を片手によく通っていた駄菓子屋は、ネットで「詐欺だ」「年寄りが行く店」と揶揄されるコンビニに成り替わっていたし、エロ本ばっか売ってた古本屋も今じゃ紳士服売り場だ。
いまなら、大人たちが必死こいてこんな時代があったんだと若者に語りたい気持ちも失われた思いもがよく理解できる。もし、そんな話しをするおっさんやおばさんがいたら、素直に聞いてやったほうがお互いの精神衛生上よいと思う。それにやったほうが、あとから困った時に助けてくれるようになる。
そんな感傷に浸っている時に突然、ズボンのポケットに入れていた携帯から通話に設定していた音楽が鳴り、チッと舌打ちしながら画面を見て『病院の息子』と表示された通知を確認して、「何だアイツか」と何の胸騒ぎもなしにその電話に出た。
「はいもしもし」
「お、遊学か⁉早く病院に来てくれないか!」
不躾にも前置きもなしに命令を放つ病院の息子。この声の主は高校時代から付き合いのある人間で、会った初期は家に反発して医者になる道を自ら閉ざし、学校でも暴れ散らかしていた危ない不良青年だった。が、自分も関わったとある人命の危機が迫る状況で医者の卵の力量を発揮し、一命を取り留めることに成功したことをきっかけに、また医者の道を進み。現在では実家のデカい総合病院で研修生をやっている。
数日前、両親にオススメした病院がそこだ。
「……あのさあ、そういう演技はしなくていいぞ。どうせ、親父が会いたいからって、頼んで来たんだろ。自分は行かな――」
「遊学!!」
携帯越しにつんざく声。行か――ないからな、という前に言って来て、らしくないと思った。しばらく会ってないとはいえ、大学時代にも薬剤の知識を教えてもらうために二桁代の回数は通話しているから分かるが、彼はどんなに予想がついてる事でも最後まで聞く律儀な男で、こう感情的に物事を発言する人間ではない。むしろ、サバサバしてる性格が付き合いにおいて好感を持てる存在だ。
「なんだよ。らしくないぞ」
「悪りぃ……でも、判るだろう。僕は冗談もジョークも好きじゃないヤツくらい。それだけ、お前さんの親っさんが危篤状態なんだよ!」と一度深呼吸して、感情の熱も冷めないうちに要件を伝えてくる。
「またまたぁ……ご冗談を、年寄りと相手してたらいつものことだろ。特にうちの親父は――」
「ともかく、早く来い!腐っても、遊学の親父だろうが!」
「…………」
思わず、自分は押し黙ってしまった。いくら悔悟の念を持っていない自分でも、数日前のことや今まで育ててくれた思い出――あと彼女の最期の姿がフラッシュバックをして、なんかおしめを漏らした時のような温かい感情が染み出てきて、三秒ほど唸った後、「分かった。必ず行く」と約束して、通話を切った。
「とはいってもな……」
動作を大きく後頭部を掻き、すぐにでも行ける交通手段を探す。ちょうど駅前に来ていたからタクシーを見つけるのは簡単だった。視界の先にあるタクシーに頼もうと半歩足を出した目の前に都合よく一台の個人タクシーが停まった。
「お客さんタクシーは必要で?」と、六十代過ぎの車の似合うイケオジが、開けた窓から訊いてくる。どうやら、さっきの大きな動作が運転手には挙手に見えたようだ。
「あ、ああ、ちょうど良かった。病院まで連れて行ってくれるか?」
「了解。さあ、乗って」と、落ち着いた渋い声で了承し、自動ドアを開け、自分はその個人タクシーに乗車した。
散歩の効果か、今回は寒暖差のショックは起こらず、そのまま乗車することができた。それはまるで、もう既にこの先の展開を受け入れているかのようにだった。
ここまで頑張って理由付したが結局は、すべて後付けだ。
だって、後悔や理由のほとんどは起きた後にポンと簡単に出てくるもの。現に自分が本当にその踏ん切りがついたのは、親父が亡くなって四十九日も過ぎてやっとその覚悟が決まったほどだ。
教訓として、意外と成った後に決める方が成ってない時よりも楽で中途半端な辛さに苦しめられ必要性はなくなる。そうなれば、やるべきことは言語化しなくとも、安易に用意され、はっきりとするもんだ。
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