銀堂家五代目当主の最期
病院の息子から連絡が入って、三十分ほど経過した。
イケオジは乗って十分ごろに「病院ってことは誰かのお見舞いですか?」と無難な質問をして、自分は「そんなところだ」と以前の運転手に向けたような素っ気ない返事を返した。運転手は「そうですか……。実は今日、人生最後の仕事なんですよね」と意味あれげな一言を発したまま、その後は黙って目的地まで向かってくれた。
そのときはこの運転手に対し「そっか……」と自分の過去の琴線に触れた。自分にとって、『人生最後』という言葉は一種の呪いのようなもので、どんなに健康でどんだけ元気な人間でも、次ぎ会うときには最後かもしれないと思う言葉である。
あとでも触れるが、高校の時にずっと一緒にいてくれた女性がいて、どこぞの変態に似て誰よりも、しつこく、かしこい女だった。最後は正体不明の病気でこの世を去ったが、のちに……あのテロ事件で会うことができたから、今では後悔はない。
親父に対しても、一度当主に成ったことでことを想いを知ったから彼女同様に、後悔はない。
おいおい、さっきは蔑ろにしていなかったのかと情緒の不安定さを指摘されることは見積って言うが、ニート生活が長かったからか、すっかりその気持ちを忘れていた。しばらく、人の差異や感情に触れてないと人っていう生き物は簡単に大切な気持ちでさえ忘れるようにできていようで、あのとき思い出させてくれなければ「だから、何?」で、話が終わっていたところだ。
その点は、また会ったときにでも感謝すべきだ。腐っても医者の発言は偉大だ。
そんなジョークはさて措き、目的地である病院に着いた。運転手に約十万の中から数枚取り出し、お釣りも受け取らず、自分はそのまま開かれた自動ドアから外に出た。降りたことを確認した個人タクシーは何も言わず、そのままない事もなかったかのように去っていく。
最後の仕事とか言ってたからな……。思うところがあって、感謝の言葉を忘れていたのであろう、とそのときはイラつきながらも、寛容的に赦そうと思う気持ちでその背中を見送った。
病院に入り、寒暖差が激しいと院内の暖房にケチをつけようとした刹那、「遊学!」と電波音じゃない、元不良青年の声がロビーに伝播する。
「うるせえよ。医者が院内で騒いでどうする?」と暢気なことをいった。
聴こえているのかは定かではないが、かなり狼狽している様子で「さっさと来い!」と腕を引っ張り、咄嗟に解こうとした。
が、向こうは身体のスペシャリスト。それも見越して回し外せないところを持って、個人の感情のままにグイグイと親父がいる病室へと引っ張っていった。
「おいおい、ちょっと受付とかは!」
「はいはい、院内ではお静かに!」と、説得力もない強引な医者からの注意を受けながらも、病室に着いた。
「失礼します」と、四回ノック。
医者の息子は我慢していたお通じを出してしまったのか、急にスンとなった。
「どう――」した?と言い切る前に、音のないリニアスライドドアが滑って開放され、その真意が顔を出す。
そこには担当していた医師と看護師。数日前から居座っていたのであろう、随分と萎れた母の姿があった。
「またか……この感覚……」
自分はさっきまで融通のきかない子供のように騒いでいたというのに、その状況を見て、自分の辞書に載っているはずの言葉が出ず、無というにはあまりにも足りずあってらかんとした感情と形容しても、それも違うと無の中で感じた。
自ら歩き出し、本来なら担当してくれた医師たちに挨拶するところだろうが、本当に『人生最後』って奴は何でもかんでも、忘れさせてしまう。
死という無に引き寄せられたカッコウは母の傍に行き、ずっと握っていたのだろうその手を譲ってもらって、温かさを確認する。
さきほどまで、萎びた生者が掴んでいたからか仄かに熱が伝う。その後、寒暖差アレルギー予防で向かうときから冷やされた手に、さっきまで「生きていたぞ」と証明するように結露の露のような温かさが流れ込んでくる。どれだけの時間その手の平を掴んでいたか体感では計れない。
気付いたら悴んでいた自分の手先よりも親父の手は冷たくなっていた。
その瞬間いろんな感情が上がってきて口にしたのが「ふざけんなよクソ親父!!俺をこのために呼び付けたのかよ!!」と断末魔をあげるかのように叫び。乱暴に母にその手の平を返還し、「時間がない!すぐに家に戻る」と宣言して、驚く母を尻目に病室を出た。
その廊下で医者の息子は「ここでの仕事は任せろ!行って来い」と、また騒々しいことをいって、本来の自分反応をしても返事を返さないところであったが「ああ任せた!」と口角が上がる感覚と自然に手を上げて応援に応える感覚に襲われ、無意識的に実行。その勢いのまま外へ。
きっとこの時点で、銀堂家の神様に干渉されていたのであろう。
「さぶ!」と、水でも掛けられたような冷たい風が吹き、少し冷えた頭で交通手段を探していると、見覚えのある個人タクシーが、
窓を開けてイケオジが、「随分と急いでいるようですね。わたくしの人生最後の最後のお客さんになってくれますか。前のお客さんがいっぱい報酬をくれて、ウハウハなんだ特別に安くしとくよ」と、確信犯めいたニマリとした表情をしながら、気障なことをいう。
「――ああ!その客のご厚意にあやかろう」といって、もう既に開いている自動ドアに飛び込んだ。
その後すぐに行き先をいおうとしたが、運転手は「目的地は銀堂本山でしょ」と行先を言い当て「なんで知ってる?」と聞くと既にアクセルを強く踏みながら「二十年以上前にそれを口実にバスを乗っ取り込んできた、銀堂茂也とかいうバカ野郎に頼まれてさ、もしもの時があれば倅を導いてくれとさ」と、話をされ、思わず吹き出しつつも「その際はどうも」と反応的に返した。
続けて元バスの運転手は「さすがにまた門扉を突き破ってくださいと言われてもやりませんが」苦笑いしたあと、「ですが……」と一息おいて「『人生最後の仕事』なんで法律を無視して直行させてもらう!」と、アクセルを全開に踏みしめ、ガソリン車の派手なエンジン音を轟かせながら交差点に突っ込んでゆく。
「おいちょっと!『人生最後』を盾にやり過ぎだ!!」
イケオジは「ハハッハ、なにせ自分は、不器用な男ですから……」と、ジョウワ俳優顔負けの渋い発言して、ドリフト走行まで披露してしまう始末。
「不器用なら尚更、法令遵守しろ!!!!」
興奮と恐怖が入り混じる
きっと、親父はこの状況も見越して、自分が到着前にあの世に逝いき、今ごろはそこの特等席であぐらを掻きながら、ほくそ笑んで眺めていることであろう。
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