雁首揃えた候補者たち
自分が病院で親父の死亡の確認をしていたほぼ同時刻。銀堂家本山の屋敷に家督を得ようと大広間に集まる候補者と、それの結果をいち早く知ろうとその隣の居間で聞き耳を立てる親戚でごった返していたそうだ。
そこらへんの話は候補者のひとりであった東雲健吾という、兄貴と一緒に禁忌を犯したあの男から聞いた話だ。
健吾曰く、滑り止めか遅延行為くらいはやってみせると、当主に成る候補の人間としてどうなんだ、というズレた理由で参加していたんだそう。
名前でわかる通り四代目東雲慎吾の子孫、正確に孫に当たる人物である。一族以外の当主の前例はあるとはいえ、血の繋がりのない人物を候補者にあげるのは銀堂家の一族としては好まない。けど、過去の美談、歴史の汚点を隠すためにも必要だと判断され、彼は候補席に座ることを赦されたからこそ、そこに居られたとムフーと自慢げに語ってくれた。
もし彼がいなければ、今ごろ自分以外の人が当主をやってたと思うし、ここまでの語りもなかったくらい、個人的には重要人物だ。
健吾は候補者の中で着いたのは五番目。現当主が危篤状態と聞いて、見舞いに行こうとしていたが、他の候補者はその発言を聞き本山の大広間に向かって行くのが見えて、あのまま見送っていたら駄目だと一時間ほど葛藤した結果、先発の後追いで五番目になったそうだ。
大広間には、銀堂から二人、銀嬢から一人、銀狼からは一人が選出されていて、候補者ではないが、継承権を持たないジェントリー枠として、候補者の世話をする人間がいて、健吾の着席した正面に座っていたという。
三十分が経過したころに、遺言書を持参した御剣家の人間がやってきて、空の玉座の右側に座り、周囲を眺めて候補者たちが揃うのを待っていた。
待つことさらに三十分、シビレを切らせたのか一人の漢が不躾に口火を切った。
「もういい加減、発表してくれないか。どうせ、毎回の会議のごとく言い争いになるのは目に見えてんだ。こうやって、待てば待つほどにガスが溜まる一方だぞ」
開口一番に待ちくたびれたと言わんばかりに発したのは『
「まったく、浩司さんは良く喋りますね。女である私よりも喋っているんじゃないの?」と牽制の言葉を発したのは、銀嬢代表の『
花音は、親父から見て叔父の娘当たる人物で、俗にいう親父の姪だ。彼女には夫がいて、三人の女児の母親でもあり、かなりの皮肉好きで、先ほど言ったように相手の発言を使って相手の武器を封じる戦い方を好む、悪くいうと腹黒なおばさんだ。
「フハハー老骨組は相変わらずですねぇ。確かに黙って座っているのも暇すぎますからね。少し火入れしないとこの気温じゃただの我慢大会になってしまいますよ」
大きく猿のように拍手しながら笑った男は『
「まったく、年取るとうるさくなるのかな。こういうう大人にはなりたくないです」
「おお、ソラマメの癖にいっちょ前のことを」
「叔父上、私にはミナト!という立派な名前があるんです。そのあだ名で呼ぶのはやめてもらおうか」
「まあまあ、湊君落ち着いて、腐っても我々は同胞ですぞ。睨み合ったところで一族としては協力しないといけないんだ。抑えてくれよ」
『
補足として、なぜソラマメと呼ばれているかというと、叔父さんが『湊』を間違えて『ソラ』と読み、初甥の何を見てマメだなと思い叔父個人でソラマメと呼ぶのが定着してしまったとか。
「はぁ~これじゃ、いつも通りか……。ここの神様はいつも喧嘩を見たがる厄介なお方よ」
「へえ、御剣殿は神を信じる?リアリストのあなたが」と叔父は嫌味たらしく訊いた。
「別に神を信じている信じてないというわけではありません。いるから言ってるだけです。いようがいまいが、いるなら。いないという選択肢がないだけ。それはこの状況と同じです。遺言書に書いてある人物が出れば、いなかろうが、いただろうが内容がすべてです。そこはご理解できますか?」
「フッ、やっぱ、書記をやっている一族には敵わん。とはいえ、わしは神など信じておらん。あんたの理屈を借りて言うなら、あることを証明しない限りいないと同意語だ。言いたいことは分かるよな?」
「もちろん、あなたほど愚かではありませんから」
「チッ可愛くねえ」
この時、健吾は候補者たちの気迫に気圧され、ほとんど声が出せなかった。冒頭のように息巻いていたが、現場でその感情の渦や波を受けると次第に場違い感を覚えて、ガチガチだったそう。
他の候補者たちは叔父の言動に腹を立てつつも、訊きたいことを言ってくれていたから、気分的には痒いところに手が届く状態だったと聞いている。
「それでは、まだ候補者はこの場に揃ってませんが、発表はさせてもらいます。もしこの場にいない人の場合は、現在いる人間で次期当主を決めさせてもらいます。以後は保身と書類を防衛のため、御剣の許可なしでのご起立は失格とみなします。それでよろしいですか?」
「ああ」
「はい」
「問題ねぇよ」
「承知」
「あ、はい!」
その問いに一同は各々の返事をし、遺言書の内容の行方に目線が集中する。
御剣は遺言書の封を手でちぎり、中から血判の透けた文章が出てきて、一度文章と候補者の顔を確認してから、内容を読み始める。
「主文、銀堂家の未来を託す人間、並びに銀堂家六代目に就任してもろうのは――」
御剣氏が発言を溜めてわけではなかったが、現場にいた人々全員がその一息に物凄い時間を感じたそうだ。伝達者は生唾を呑む余裕か緊張かわからんが、精神がおかしくなりかけていた。
かくいう自分も、その場にいたら空気感に呑まれて、息が詰まったかもしれない。
そして運命の名が語られる。
「――銀堂遊学さま、です」
そのあり得ない名に浩司の叔父は「は?」と腰を抜かせた声を出し。
「え、マジで!」と、あの男がというように宗谷は驚き。
湊は「ブッ」と失礼ながらも「あの当主に成るのを最も嫌がった漢が!」と内心思いながら耐えきれず吹いた。
「アハハこれは面白くなってきたわ!」さっきまで冷静さを保っていた花音も破顔が合うほどに腹抱えて笑った。
健吾はここでやっと「遊学君が!やった!!」とつっかえが取れたかのように喜んでガッツポーズをしたが、御剣の先ほど言った発言を思い出し、すぐに「あ、そうか……」と己の役目と照らし合わせたとき、歓喜は寒気に変わった。
そのことを知らし標すようにここで今まで何も言ってなかった男が口を開く。
「ですが、その人物は今ここにいませんよ。それでどうします?このまま銀堂遊学様を待ちますか?」と蚊帳の中で意見する蚊が一匹。その声は、か細いながらも皆に鞭を打つには充分な羽音だった。
「そんなことをわかっちょる!権利ない奴は黙っとれ!」と、女性よりも口数の多い漢は猛々しい声をあげる。
「そうね。悪いけど浩司の言った通り、ゲームを始めたからには勝たないと」といって女は舌なめずり。
「そうやな。戦争の始まりや!」宗谷はシンプルな意気込みを出し。
「僕がなったら潔く指示に従ってもらいますよ」と、いつもの丁寧な私から僕にモードチェンジ。こうなった、湊は喧嘩になったら止められない。
「よし頑張ろう!」健吾は怖気づきながらもこの戦いに身を投じるのであった。
こうして、六代目の家督を決める戦争が始まったのだ。
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