玉座に身を据えた父と子
そんな母の背中を追って数分、やっと目的地にたどり着いた。そこは普段、当主か外部から来た特別な要人を招き入れる、いわば極秘の話をするにはもってこいの部屋で、家の者でも入ることを禁じている場所でもある。
まだ一桁代のころに晴彦の兄貴が、秘密の部屋に入ってみよう!ということで、この後の家督争いにも参加する男と一緒にその部屋に入った。瞬間、思い返してみればそれは今日正門から入った雰囲気に似ていて、どこか重苦しかったと思う。
兄貴は「なんだ、ただの一室か」と恐れて損したと言わんばかりに余裕の落胆の声。一緒に来ていた男も「本当だ。でも、いまの時刻だっと陰っているから、暗い感じがする」と空間の違和感には気付いていない様子だった。
自分がそのことを指摘しようとした、瞬間、
「コラーーーー!!!!ナニシトンダ!!!!」と聞き馴染みはあるものの、その人物からは感じたこともない、まるで痛点を直接刺すような恐怖と怒号が飛んできた。
それについて怒った人物は他でもない、当主である親父だった。自分と一緒に来ていた男は「ごめんなさい」と言い訳もなしに平謝りをしてる中、兄貴は「いずれ当主に成るからいいじゃんか」と傲慢な態度。その態度に親父は重いゲンコツを入れ、「何が当主だ!そんなに親父が死んでほしいのか!」と叱責して、兄貴は不貞腐れながらも「ぜって!父ちゃんを越える歴代トップの当主に成ってやる!」と啖呵切っていたことを非常に憶えている。
そんな一室の前にして母は「入りなさい」と手の平をだす動作で入室の許可を下ろす。その行動はどこか赤の他人を誘導するような淡々としたもので、無駄にすっきりしすぎて気持ちが悪かった。
そうはいっても、何も分からないこの段階。虎穴に入らずんば虎児を得ずではないが、部屋に入ってみなければ話は進まないなと思い、腑に落ちないながらも襖を開けて中に入った。
部屋の中は以前に入った時よりも暗かった。そりゃ朝の九時くらいから飛ばして来たんだ、午前くらい簡単に過ぎて、ちょうど陰ってしまう時刻になるのは仕方ないと道中の不満を紛らわせるように考えたあと、部屋の奥を見やる。
初期段階では暗がりに眼が慣れておらず、奥の人物が確認できなかったが、慣れたらそこには枕椅子に体重を預け、銀堂家当主の羽織を被り、神妙な表情を浮かべながらも、どこか憮然とした表情を湛えながらこちらを見詰める一人の漢の姿があった。
初見としては、「なに格好付けて座っているんだよ」と内心、呆れつつ次の指示を待った。
けれど、体感で十秒経っても親父は一切そういった合図を出す気配はなく、ただ座り込んでいた。そのため「こっちが座らないと話が進まないのか」と自ら折れ、不敬だとは解りながらも勝手に座り、傾聴する姿勢を取った。
体勢が引くなったことでより様子がわかるようになった。そこやっとその男の全体図がつかめた瞬間、ハッとして「この人は本当に、あの親父なのか?」としっかり疑問符をつけて疑った。
親父は皮と油と骨しかないのかと思うほどに痩せていて、形容するなら骨組みに薄いゴムを張ったのような骨張った感じで、まるで病症末期の患者のような風貌。その瞳には強い何かの想いが滾っていて、眼光が鋭く光っていた。
「ど――」したんだと言おうとした、間に被せるように親父は単刀直入と言わんばかりに衝撃的な一言を口にした。
「当主に成ってくれ……」
「は?」と聞き間違いではないかと思い、再度「いまなんて?」と確認。
「当主に成ってくれ……遊学」と嗄れた低い声で『誰が』を付け加えていってきた。
現在なら理解できるが、その生きるすべてを賭けたその親父の声に対し、自分は即答で「イヤです」と事情も聞かずに答えを出した。
その刹那、親父は枕椅子を転ばせながら身を乗り出し自分の手を掴んで「頼む……お前しかいないんだ……遊学、頼む」と、昔はリンゴなんて簡単に潰せると有言実行していたあの漢の手が弱々しく両手を握られ、陽によって照らされた白い手は、大きく小刻みに震えていた。
常人ならここまでされたら心を動かされ、「わかりました」と承諾してしまうことだろう。だが、自分にも都合や信念があり、その当主の申し出を文字通り手を払って、行動でも「当主に成らない」と意思表示した。
それでも「頼む、頼む、頼む……」の一点張り。ここぞと言わんばかりに、頑固さを叩き込んでくる、自分もその行為に意固地になってか「いい加減にしろ、俺は当主にはならない!」と、一度矯正したはずの一人称をまで出してくる始末。
お互い一歩も譲らない押し問答手押し問答は、この後もしばらく続いた。
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