過ぎた真似は毒にも薬にもなる
お手洗いを済ませて、自分はベンチに座り目を閉じて身体に休息を与える。その間にカナはイタズラしようと思い立ったのか、自動販売機で冷たい缶の炭酸ジュースを買っていた。
そんなことは露知らず、自分はゲームの余韻でまだ火照っている頭を冷やそうと瞑想状態に移行していた。
カナはゆっくり近づいて首筋に狙いを定める。無意識下で誰かが後ろに何者かの気配は感じたが、低血圧の朝に起きるようなけだるさの方が勝利して、諦めと抵抗が打ち切るその刹那、刃物がなぞるように冷えた缶ジュースが首筋を断ち、何種類もの冷気を感じた。
「冷った!!」
「わぁ!びっくりした!!」
誰かとその仕掛人を見たとき、完全に信用し切っていた相手にやられたことを気付いて、絶望にも似た厳しい感情が湧き上がってくるのを感じた。
「ちょっと大丈夫。首とか痛め溜めていない?」
「なんだ……カナか」
襲撃された相手に心配されるというのも認識がバクってしまって、しばらく頭が混乱していて碌にものが言えなくなった。
行動は別に珍しい事ではない。蛍は飲み物買ってきては、いつもやって来てたからもうキャラ付けとしてその行動が板に付いていたから、ほとんど驚くことじゃない。だけど、彼女にやられてしまうと大和撫子な女性がそんな剽軽なことをするのかと悪いギャップの落差を感じる。
呆然とする自分を見てカナメは気分を変えさせようとしてくれたのか、隣に座ってきて、その缶の口を開けて一口飲み「ん?君もいる?」とあざとく飲みかけの短刀を差し出してきた。
どっかのところで行ったかもしれないが、自分は炭酸が飲めない。飲んだ時のイガイガが無理で飲めない。それが良いんだろうがと、美味しいところであるとは理解できるが、物の好き嫌いが別れる状況で大好き民と大嫌い民の間では、某チョコとクッキーの対立戦争よりも溝は深い。
大好きを公言している相手には悪いが、それ美味しいと主張する姿を見ていると例え惚れた相手でも、ムカついてしまうのは嫌い民の性である。
「あれ、ユガには刺激が強すぎた?」
「ああ、確かにっ刺激が強すぎるな。初見だから全然赦すが、自分炭酸系とは飲めないんだ。あとカフェイン系統もあまり得意ではない。
「あ……ダメなの」
「特にその黒い悪魔は一回飲んで下痢になった代物だ」
「そ、そうなんだ、へえ~」
この時のカナは物凄く気分が悪かったと思う。自分勝手な人間がその行動を咎められた時とか、常識だと思っていたことが非常識であったとか思い知らされるくらい、キツイ事実を与えられたことに。この症状に陥ると大半は怒りで誤魔化したり、一定時間放心状態になって口を利いてくれない。それは親が本当の親じゃないと識ったあの日の時に体験したことだ。同じような状態になっていて危害を加えられてもその行為は恨まないと決めている。
けれど、彼女の場合は違った。
「じゃあ、好きな飲み物、教えて!何かあるでしょ。ゲーム後の一杯は絶対これ!!って奴が」
「まあ、あるにはあるが……」
「どれ?」
「あのビンの乳酸菌飲料」
「ああ~子供のころずっと飲んでた系のね。農協の前とかの自動販売機によくあるヤツね。買ってくる」
「ちょっと待て」
「何?」
率先して動き過ぎる彼女に一度待ったを入れた。まさか人生で気が利きすぎるという理由で人を止める日が来るとは自分自身思ってもみなかった。
「いいか、お前は気が利きすぎている。毎回毎回毎回、先に行かれるといざって時にどうにもならない。確かにやってあげたい気持ちはわかるけど、時々惨めな気持ちになる。だから、せめて買うものくらいは相談してくれ」
カナはしばし瞬きを何度か繰り返して「分かった。じゃあ、あの飲み物買って良い」と言われたことをすぐ実行して、訊いてくる。
「はあ、買って来てくれ。自分が飲むんだ代金は自分で出す」
財布から一番大きな硬貨を出し、彼女に買いに行かせる。
この時のことを思い出すと心苦しいのが半分、この時に現在の我が家のルールの基礎ともいえる原型ができていたんだなとしみじみ感じさせられる。
買ってきてもらった乳酸菌飲料を自分のペースで飲み干し、自分とカナメの二人はゲームセンという異空間を出て、次の安息地を求めてまた旅を始める。
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