運命の羽ばたき
「何すんだよ!」
目の前の男はそうしない方がおかしい怒りの反応を見せて、こちらを睨みつける。常人であれば、ビビってしまうほどの鋭い視線ではあったが、澄んだ気持ちのまま自分は何故こんなことをしたか、淡々と語った。
「あんな事業もやった事もないヤツの本を読んでいたら、脳が腐るからやめておけ。事業の勉強がしたいなら実際にやってみるか、分かっている人の良書を読むところから始めろ。もし何を読んだらいいか分からないなら俺に訊け」と後先考えずに言い放ってしまっていた。
一体自分が何をしたかというと、変態が読んでいた自己啓発を見た瞬間、過去に読み失敗をさせた経験とトラウマを呼び起こし、恥も外聞も知るかと黙読している対象から取り上げ、開いてる窓からその啓発本を投げ捨てた。本は開いたままということもあって鳥が羽ばたくようにページを捲り、偶然にも飛んでたカラスにぶち当たって墜落。記憶に残っている映像では、当たったカラスが羽を散らせて落ちていく様が見えたが、澄み切るほどに音は無かった。
現実ではきっと、けたたましく鳴いているだろう最中に自分は、先ほどの忠告を言ったんだ……周りも人も見ていないにもほどがある。
理由なんか後から付けられる。都合よくこれで関係を終わらせられると清々するか、それとも責任と罪を背負って運命の流れに引き入れるか。または、やっぱなしと放棄するか。少なくとも、向こうも反応に困ることだろう。
考えが纏まらない中、目の前の人間は右手で目元を隠し、左手を腹を押さえ肩をプルプル震わせて、何かの感情を抑えているようで……いや悶えているが正しいか。次の瞬間――。
「ッシャー!!ここまで仕込んだ甲斐があった!!」
「……え?」
自分の思考停止状態をよそに手を掴んできて、「言質は取ったからな!」と腕をブンブンと大袈裟に振られ、別の信号もプラスされてことで余計に思考が停止。
その隙を畳み掛けるように、「いや~さっきの本に書いてる通りだったよ。『押してもダメなら引いてみな』って書かれていたから実践してみたらまさにこうだよ。あれがダメな本なら良書って言われるのはどんなものかな、楽しみだ」と、ご丁寧にネタバラシまでされて自分は困惑。
遅れて、「いい加減、手を放せ!」と腕を回して拘束を解き、その勢いで一歩分後退し、手のひらを確認する。
力強く握られていたから多少は赤みを帯びていたが、見てる間に血色は戻り、悪い人間じゃないと確信した。けれど、変態と判断する人間だ、社会性に難がある人間であることも改めて理解できた。
「ああ、そういえば、まだ名前を言ってなかったな。俺様の名前は『
「まつきどせいしろう……なら、キドで良いか」
「なんでそこを取るんだよ。そこは清史郎って呼ぶところだぜ。遊学くん、いや兄弟!」
「自分をどう呼ぶかは勝手だが、人の名前を覚えるのは得意じゃないんだ。キドで我慢しろ。それに……」
「それに?」
「……何だかお前の名前と性格が相俟って、なんかキショイから却下」
「ほほん、意外にも小心者なんだな」
「心臓に毛が生えてる奴に言われたかねえよ」
「「プッハハハハ」」
「随分楽しそうね、お二人さん」
このまましばらく笑えるはずだったが、すぐさま笑いをピタッと止めて、瞬時に女性の声がする方向に視線を向ける。そこには般若面を貼り付けているのかと思わせるほどに怒りを滾らせるこの学校のトップがいって、自分はしどろもどろになりながら「いつから、そこに……?」と質問。
女性は「青春の羽ばたきと失墜を目にする前から」と座ってない視線と不気味な笑みを浮かべていて、このあとの展開を予見させた。
相方となった変態は「お、ソラさん!じゃなくて蒼井理事!ウイッス!」と空気の読めない手振りを見せて応答。
「頼む余計なことを言わないでくれ」と懇願したが……。
「挨拶は大切だろうが!」
相変わらずの的外れな発言に白目向きつつ、処罰を待った。
「そうね。挨拶は大切ね。でももっと大切なことがあるわ」
「何ですか?」
「――マジで黙れ」
「学校の備品を!!外に投げるな!!!!!!!!!!!」
「ごめんなさい!」と、これは流石に平謝り。
こうして、自分は備品の破損によりその分の学校の雑用を命じられ、理不尽にもキドもその処罰の巻き添えに。文句のひとつやふたつは覚悟していたが、本人は「普段手が出せない仕事をやる権利が貰えたんだ儲けものだ」とポジティブ過ぎる発言をしていて、何かヤバい事を引き受けてしまったかなと、地味な恐怖と後悔を感じた。
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