パンジャガールにご用心!
銀堂最中。五代目の伝説を語るにはこの女性は欠かせない。
いくらナイフで腹を刺されても生きている頑強で名将クラスの人望があっても、それを守る対象やその価値に相当する存在がいなければ、そういうのはただの張りぼてか飾りとしての機能しか持たない。その人支えと対象になったのが、自分の育ての親の一人でもあり、親父の妻でもある銀堂最中ご本人だ。
世間からは『パンジャガール』『鬼娘』という異名で呼ばれ、特にお偉いさんの界隈では『そのものに指を折られた日には、一族皆が路頭に迷うことになる』と恐れられ、それを示す『(銀堂の)指折れにかかる』ということわざが生まれたほどだ。
そこは鬼なんだからデーモンとかサタンではないかとツッコミを入れたくなるが、ちゃんとした理由があって、パンは鬼のモデルとなったとされる羊飼いの神様を引用し、ジャは邪ではなくTHEが訛ったもので、ガールは身長が一五〇センチほどしかなかったことから少女、娘と称されてパンジャガールとなった。
そう呼ばれるようになったきっかけはこの後に語ることにして、先にどんな人なのかを解説しておく。
母さんは世間からそういった強い印象とは打って変わって、意外にも小心者な女性で、親父や自分、晴彦の兄貴が「言いたいことあるなら言いな」と言わない限り喋らず。もしそのまま放置してしまえばいつかは爆発してしまって、対処法を実行できる人間がいない限り、その癇癪を止めることはできない。
この性格がパンジャガールと呼ばれるきっかけを作るとは到底思えないが、この優純不断さが世界を変えた。
今から三十年前以上前の話。世界では『パンジャガール騒動』家では『世界に喧嘩を売った日』と称するあの事件のこと。
当時まだバブルが弾け切っていない時代とはいえ、海外からの自国に対する印象はあまり良いものではなかった。
あの世界戦争のあとに奇跡の復興を果たし高度成長をしたことには評価に値するが、あまりにも出しゃばり過ぎたのだ。そのことが世界から嫉妬を買い、必然としてその国の名家の一つとして銀堂家も目の敵にされていた。
この時の社交会では世界貴族もやってくるような集まりで、新たな銀堂家当主をお披露目するデビュー戦としては破格なものだった。もちろん、他の世代交代のところもあったから唯一というわけもないのだが。
会場にはある程度のルールがあり、男性は背広やスーツを着てくることを推奨され、女性はドレスを着るように推奨されていた。あくまで推奨であって、実質的にはその服装で来るようになっている。
現代であれば推奨なんだから、着物や伝統的服で来ても良いだろうなどと、傲慢な態度を取ってもギリ赦されるだろうが、当時の時代背景としてそんなことをすれば、その夜に嬲られ、朝には木の上に死体がぶら下がっていることになる。
服装程度で大げさだなと、軽く考えれいるなら人の前に出ることもやってはいけない。何故なら、服装や礼儀というのは『言葉無き言語』と表現されるくらい重要なことだからだ。
例えば、指でを輪っかを作る行為は我が国では『OK』や『分かりました』、『承知』と訳されるが、とある国に取っては『ケツの穴』や『宗教的サイン』として軽蔑対象になる場合がある。もっと言えば、我々は食事をなるべく残さずに食べることを礼儀だと思っているが、同じエリアの諸国でそれをやると『クソまずい』『二度と来るか!』などと暴言的な意味になってしまう。
でもそれはそれ、これはこれと行動の汚さを指摘したい民がいるのは分かるが、その国々の背景を知ったらどうだろうか。
さきほどの食事を残す残さない問題についてあげると、自国に取っては飢餓状態の記憶から『もったいない』の精神がその食事を残さないという行動理由に出るが、その国に取っては腹に入らないくらい『豊かな食事をありがとう』と自分たちでいう『いただきます』みたいな感じの行動であれば、それを否定されると気分を害してしまうのは仕方ない部分に思える。
服装も同じでよく見る女性のドレスで胸が丸出しになってんじゃないかと、性的に批判したい部分のあるとは思うが、あれも歴史背景を識っていると納得できる。諸説あるが、元々セクシーさを魅せるためにそういった服装を着ると文化があって、次第に女性たちは男性に向けて、こんな服装を見ても興奮、獣にならない紳士的なお姿を見せてという挑発に変化。その後、自分の美しい体型を維持していますよと努力やその身体を維持する資産があるのよと示す指標となった。
言ってみれば、女性の美しさはその家の財力と努力の証明であり、その姿が良いと判断されれば、思いがけない商談が舞い込んだりする。
男性の服装もその点ではかなり重要なもので、社交ダンスの世界でもサイズ感や着こなせていないヤツがいれば、どれだけ踊りが上手くとも審査員に切られてしまう。
そのくらい服装や礼儀というものは重要なのだ
それでも自分のポリシーを貫いて望んだ服を着て行くというアホがいるなら、それは郷に従わない馬鹿か、ガチで文化を波及させたいと本気で思っている確信犯かのどちらかだ。まあ、後者を自分は見たことがあるから書いただけだけど……。
もちろん、銀堂家という名家だそんなことはよく識っている。したがって、男性陣はスーツを着こなし、女性陣もそこの郷に従いドレスを着て出席。
今回の話を詳しく語ってくれた一人でもある母さんの悪友は、その母の姿を見て「今からでも、着物に着替えさせた方がいいんじゃない?」と親父に助言したほどにちんちくりんだったらしく、宇崎のおっちゃんも「いっちゃ悪いが、子供と間違えられて銀堂家がロリコン呼ばわりされてしまいますよ」と考え直せと進言したという。
親父は「何がおかしい。最中は立派な女性だぞ」とド天然にその発言をし却下。そのまま世界の人間達が集う場所に乗り込んだ。
母さんはあまりの緊張感で飲み物を飲みまくり、少しでもそれを和らげようと親友は傍にいて、しばらく母さんの代わりに人との会話をしていた。
一方親父たちは、世界にいる知り合いと交流をしながら「あまりうちの女性に無理やり寄らないでくださいよ。止めるのに苦労するから」と冗談みたいな話をして盛り上がっていたとかなんとか。
そして、運命は動き出す。ずっと母のそばにいた親友でもある悪友は、飲み物の飲みすぎでお手洗いに行きたくなり「五分だけだから」と席を後にした。母さんは「すぐ帰って来てね」と涙目に懇願して見送ったが、不安症な母にとってこの状況は拷問に近かった。
そこに一人の女性がやってきて「あら、銀堂家の人」と母国の言語で話しかけてきた。母は話しかけてきた女性に言ってることが理解できたものの、人見知りが発動し返事が返せず、わなわなと震えて何も言い出せなかった。
女性はその様子を見てニヤリと不気味な笑みを見せて「大丈夫ですよ。私たちには敵意はありませんから」と言いながら、自分の陣地から遠くからでも認識できる宇崎のおっちゃんをも超える巨漢の男を呼び付け「好きにしていいよ」と母さんの腕を掴んで、連れて行こうとした。
そう、当時の世界の交流会としてよく起きていた『連れさり』だ。この行為は相手の家を貶めるために行われていた凌辱行為のひとつで、組織の女性を誘拐し慰め者にすることで、家の格を落とし、一人の女性も守れない人間とお付き合いするのはいかがなものでしょう、と笑い者にする酷い恒例だ。それを愉しみにこのような世界的交流会に来る輩もいて、本人たちは仕事兼ご褒美タイムだということでその行為は黙認されていた。
が、この日こいつ等が母さんを連れて行こうとしたことにより一変。地元で『歩く火薬庫』または『暴走機関』などと揶揄されているイカレタ女であることを女性たちは露知れず掴んでしまったものだから、その行為に対し母は逆に男の腕を掴みその華奢な身体と腕の力で、二メートル一〇〇キロ越えの巨漢を宙に浮かせて、食事の乗った机にへとその男を叩きつけ、その拍子に思いっきり小指の骨も折った。
簡単に言っているが金持ちの指というものは肉厚でそう簡単に折れる物ではない。
相手を見限っていた女性はそのあまりにも驚愕的な状況を間近で見て腰を抜かし、へたり込みそのまま失禁。そのけたたましい破壊音を聞いた皆が母に注目が集まり、その視線に熱くなり過ぎた結果、暴れ出してしまい警備員が複数人で止めに行く事態に。けど、それでは収まらずその複数人も投げとばし、止めに入ったおっちゃんもまとめてぶっ飛ばされて壁へと激突。
「誰か止めてくれ!!」と大騒ぎになる中、悪友が返ってきて「あちゃー誰かうちの姫さんイジメたな」と暢気にその状況を眺めていた。
負傷した宇崎は「何暢気なことを言っとる!早く、茂也を呼んで来い!」と他力本願ムーブをかましていた。
母のドレスは暴れまわったことによりはだけて、女性の象徴が出ていて見るに堪えない最悪な状況下、その暴れ牛の元に一人の漢が近づいてゆく。その飄々とした落ち着きのある風貌は、そこだけ別空間なのかと錯覚するくらいに場違いな歩行だった。と口々に見ていた者は語った。
傍まで来たその漢は、皆が「クレイジー!」とか『これが変態紳士というものですか』と唖然とさせる方法でその暴走機関を止めて、その場の荒れ模様を鎮圧。
これで話も収まれば万々歳であったが、現実はそう甘くない。
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