運命の先で待つ者 14.793

帰省する寄生虫

 そうこう思い出している間にタクシーは銀堂家の敷地内に入ったようで、山道の高い位置からは目的地である銀堂家本山の建物が見えてきている。


 この山道を通る他にも、遊びに行く時に通る町側ルートや一族が主に利用する旧銀山道を通って屋敷にやってくるパターンがある。他にもルートがあるが、山道ルートは昔バスが通るほどのシンプルなルートで昔は検問所や隣町に行く定番の道だった。


 何故なくなってしまったかは先ほど記載した通り、親父たちが余計なことをしたせいで使えなくなり、何度かそのルートの復活の可能性が挙がったが、鉄道会社の活動の縮小により遂には叶わなくなった。


 もしあの事件が起こらなければ、今ごろはこうして個人タクシーを使わず公共交通機関で本山に向かっていただろうし、銀堂家のうわさを聞き付けた困窮者たちも変に遭難するリスクはなかったと思う。


「お客さん、そろそろ目的地に着きますよ」と運転手は業務上の呼びかけ。


 そんなことは分かっているとイラつく感情が上がってきたが、まあ、いわれないのもそれはそれでムカつくかと気を取り直し、降りる準備を始めた。


 準備といっても乗車時と同じ眩みの症状を起こさないようにするための空気の入れ替えで、窓を開けて余計な熱を気化熱と共に外に出し、身体を外気に慣れさせる。車風も相俟って、身を切るような寒さに感じながらもあの朦朧とする感覚をまた味わいたくないという一心でその場は耐えた。


 十分後、目的地に着き自分は財布を取り出した。財布の中には帯付のお札が入っていて、どんぶり勘定で三十万円ほど引き抜き「これで何往復かできるでしょ」と帯の緩くなった方をを運転手に差し出した。


 中年の運転手はその行動に目を張って驚き「逆なのでは?」と言いたげな表情。自分は「言っただろう、色々とつけてやるって」と帯付の札束を振って受け取るように促し、運転手は「有難く頂戴します」と戸惑いながらも受け取ってくれた。


 運転手に自動ドアを開けてもらい、自分は降りて門前に立つ。タクシーは町に続くルートへと遠ざかり、車体を見送るついでに周囲も観察する。


 相変わらずの開けた片田舎感と過去にバスをぶつけられた門を見て過去の記憶と照らし合わせる。例の事件から十年ほど経ちまだの山を駆けまくっていた幼少のころと比べて、あの頃はまだ漆喰の上塗りが目立っていて新古の境が分かりやすかったが、今じゃその部分も古ぼけて以前の壁と同化してしまっている。


 本当にそんな事件があったんかと、内心疑ってしまうが触れてみて明らかに手触りが違うことから少なくとも補修工事が行われるくらいの問題が起きたことは確かだ。


 門扉は開放されており、そこからは石畳の道と満遍なく敷き詰められた白い玉砂利の庭園が見え、錦鯉が棲む池の周りでは植えられた松の木が躍っている。


 誰かお迎えに来てくれているのかと門前で軽く人を探してみたが、誰も姿がなく、人を呼んでおいてお迎えもなしかと、少しガッカリした。運転手からの目的地コールもそうだが、行き慣れているところに定番の一声はウザさを感じるが、この家の塩対応のように定番の行為がないというのもそれはそれで腹が立つ。


 とはいえ、その礼儀があったところで長話に付き合わされると思うし、腐っても実家なので来なくとも気にせずに入れば良いかと思い、そのまま門扉の仕切りを跨ぎ屋敷建物内に入る。もし、自分がこの家の子供であったらその態度に唾を吐きつけていたと、不愉快な思いを抱えながら。


 足元でザクザクと足音を鳴らしながら家の中へと進行していた。けれど次第に歩く速度が落ちてゆき、歩幅も短くなり始め、やがてその歩みは停止していた。


「一体、どういうことだ?」と目の前に広がる情景を見て、思わず疑問の声を洩らしてしまった。


 池にはいつも通り色鮮やかな錦鯉たちが泳いではいるものの、それ以外の動物や人の姿が見当たらない。


 普段であれば、耳をつんざくほどの子供たちの遊んでいる声が響き、建物の外廊下では日向ぼっこを愉しむ猫や子供たちを見ながら談笑する大人たちの姿が見受けられる。それがこの時、人どころか屋根で騒ぐ小鳥でさえもが見当たらず。ただ聞こえてくるのは自分の踏みしめる軽く物寂しい砂利の音色と、その音に驚いた池の鯉が逃げて奏でる鈍い水流の音だけという陰鬱な空間で、明らかに人を招き入れるような雰囲気ではなかった。


 いくら自分が寄生虫のような息子でも、流石にここまでの事をするのかと戸惑いを通り越して、それでも頼みたいことって何だよと、さらに事の重要性と状況への不信感が募るばかり。


 その答えを識るにはこの状況を作ったのであろう、ここの主に訊くほかに手段はない。そうはいてもその人間がどこにいるのか見当は付くのだけど、逆に見当つくところが多すぎて一か所に絞れない。


 変に屋敷中を嗅ぎまわっても余計な労力と時間をかけてしまうと考え、まずは自室を目指すことにした。庭先で突っ立っているよりも自室にいた方が開いても見つけやすいだろうと思うし、何よりその道中で運良く人を見つけることが出来れば、事情を訊きここの主の居所を吐いてもらえるだろう。


 そうとやることが決まれば、後はやるだけ。その意気込みを燃料にふたたび足を動かし、自分は新たな目的地になった『自室へ』と歩みを進ませるのであった。

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