玉座に身を据えた者たち

運命の枷

無職(ニート)生活

 人生を振り返ってみるに、運命の特異点となる出来事がいくつかあったと思う。それをただの人生のターニングポイント、好機として見ても良いのだが、改めて思い返してみるに、それは決められていた複数の運命線が絡み合った集結部位であったと考えられる。


 情報筋によると、運命というものは生命が持つ意識によって形作られるらしく、その存在の持つ『世界を描く顔料』と『相手の意識を変える説得力』があれば、世界の在り方や運命の道筋も変えることができるんだそうだ。しかし、一定のイベントは回避することが不可能だそうで、定期的に個人の運命や世界線が収束する時期があり、主にその『星の意思』や『記録の管理者たち』によって世界の最適化が行われ、世界のカタチが維持できる方向性に導かれるんだそう。


 いわば、『世界を変えるほどの概念』と『変える意思』があれば、容易に世界を改竄することも可能だし、相手を納得することができば、自分の人生の流れ及び他人の人生の流れも変更可能とかいう、何ともトチ狂った世界のルールであるともいえる。


 そう教えられたとき自分は、今からちょうど十年も前の出来事を思い出した。


 当時の自分は何の役職も持っておらず、日々を無為に食い潰す暇人だった。いわば、無職ニートという状態で、当時の世間としては非常に風当たりは強かったと思う。


 そうなる前は大学で友人たちに勉強を教えたりする人間で、無理やりとはいえ実家である『銀堂家』から支援をしてもらいつつ、流れるままに学生生活を満喫し、将来なんてどうでもいいと思いながらも生きてきた。


 結果、当時の自分は只々時間を浪費するだけの詰まらない人間になっていて、皮肉にもその点においては現在の生活とそう変わらない。


 ここでひとつ問うが『二十代』と聞いて何を思い浮かべるだろうか?意見は千差万別であろうが、おおむね『人生で最も楽しかった時期である』とか、『人生の方向性が決まる十年間』であるとか思いつくかもしれない。また、現在その世代に生きているっていう人間からしたら、『学校と社会とのゲーム性の違いに戸惑ったり、その生活に慣れるのに苦労する時期』であるとも推察している。


 しかし、人生というのは世代で簡単に分けて示せるものではない。したがって、世代に不釣り合いな出来事だって、度々起こるし出くわす。


 自分のことを槍玉に挙げるが、未成年でありながら他人の起業を手伝い成功まで導いたり、周りで事件があれば、勝手に引き合いに出されて、事件解決までことに付き合わされる。そこでやっと終わったと気を抜いていたら、実家からも別の依頼が飛んできて、「関係ない!」と突っぱねても、なんやかんやで処理に当たらされ、その火消しに奔走する羽目になる。


 そんなことがあってか、せいか、自分の手元には一人が生きていくには充分すぎる人生の路銀や困った時に助けてもらえる人間関係、あと大学卒業証書と共に得た『特別な権利』があることから生活するには支障はない。最悪住む場所を失っても、その権威が届く範囲に身を移せば衣食住は保証されるから、人生設計的にはイージーゲームといえる。


 そのため自分はこれからを自分のために使おうと決心し、ダラけ切った精神で生きていこうと考えていたのだが……現実はそこまで甘くなかった。 


 どうやら人間という生き物は、生きてる限り何かをしていないとダメになるらしく、そんな堕落した生活を送っていると、初期症状としてまず視界から色が抜け落ち、次第に食べている物から味が無くなる。やがて顔からは生気が消え失せて、まるで彫刻刀で頬を削ったのかと疑ってしまうほどに痩せこけて、血色の悪いゾンビ顔になってしまう。

 

 いくら見た目やお洒落に無頓着な自分であっても、さすがにその虚無感と不快感を湛えた自身の姿を見て「これは生物として、終わっている」と表情筋を収縮させて、危機感を覚えたほどだ。


 後日、一念発起するカタチで深夜、近所を練り歩くことからはじめ、一カ月かけて身体を慣らしていき。次第に日中でも出歩けるほどに気概や体力が付いてきて、徐々にその足で遠出をするようになっていた。


 そこで半グレに絡まりたり、夜の店に行って経営や授業員にチョッカイを入れてその場の道楽を愉しみ。時にはそこに来訪する客のスケベな話を聞いてお茶を濁しつつも、度々起こる事件や困り事を解決をしては朝帰りをしていた。その中で対人への勘を取り戻し、新たな人間関係も生まれた。もちろん女性に関わることもあったが、過去の女性からのトラウマもあってか、恋愛まで発展することはなく、良くて友人止まり関係が常だった。


 そのような生活を一年ほど続けていると、いつの間にかその地域で『夜のとばりの魔王』などと、勝手に呼ばれるくらいには知名度も体力もあがって、その他の能力も向上。やがて人間としての感受性も取り戻すまでに至っていた。


 そんなある日の朝、洗面台で歯磨きをしていると、何の前触れもなく、自分の携帯に電話が掛かってきて、自分は歯ブラシを咥えながら通知者も確認することもなく、そのまま出てしまった。その端末から聞こえる声を聞いて心のうちで「しまった……」と歯磨き粉の味を中和させるほどの苦みが上がってきた。


 いま考えてみれば、この行為が自分の運の尽きでもあり、向こうから仕掛けられた大胆な運命のイタズラだったんだなと、自分の身に起きたことながら呆れるところ。それは同時に自分の運命の道筋に対して、新たな『運命の枷』を課せられた瞬間でもあったと、不覚にも今なら理解できる。

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