次の枷となる一報

「はい?もしもし」

「よう!我が息子よ、元気にしているか」


 その調子に乗った漢の声を聞いた瞬間、咥えていた歯ブラシを取り出し、口を濯ぐ余裕も持って「それで一体何の用だ」と朝のダミ声を気にせずに用件を訊き出した。


「おいおい、気の短いのは遊学の悪い癖だぞ。お父さん哀しいよ」

「はあ……用件無いなら切るぞ」

「待て待て、用件はあるから、とりあえず聞け」


 会話の様子から察することができると思うが、声の主は銀堂茂也。自分の親父にして、当時の銀堂家トップにして五代目、あとはパンジャガールの諫め役と世界的には認識されている漢だ。


 親父といっても血は繋がっておらず、経緯は後で話すとして、親父はいつも『息子』か『遊学』と恥ずかしげもなく我が子のように接してくる。その声は、今となっては懐かしく、当時のイラつきと厚かましさを思い出させてくれる。


 五代目の表向きの顔を知っている人ほど「あれ?こんな軽い喋り方をする人だったか?」と動揺すると思うから説明しておくが、この時の親父は、親父なのだが親父ではない。


 近頃は理解してもらえるようにはなったが、これは上位者とも総称される、銀堂家の土地神が憑依した状態で、機械の扱いが苦手な親父に代わって余計な連絡を入れて来る、いわば、取次を行う『五代目』の人格だ。のちに、『六代目』として自分もその力に翻弄される立場に成るのだが、その話は追々してゆくとして、今回の連絡で告げられた用件は『至急、本家に帰って来い』という何とも身勝手な内容だった。


 普段の自分でなら「ヤダ」とバッサリ切り捨てているところではあるのだが、前述した通り、暇すぎる日常を送っていたから、暇潰しがてら親父の頼みごとを聞くのも悪くないと考え、腹を掻きながらも了承した。


 その内容が一年以上の面倒事だというのに、随分とのんきに返答しているなと、当時の自分を憐れんでみてしまうが、この時に連絡が入って来なければ、このあとの筋書きも人間性も大きく変わっていたと思う。それに……。


 このあとの展開を解っているからこそ言えることかもしれないが、通話しているとき、どこかカラ元気を出してるかのような情念を薄々感じていたから、無意識下で心配に駆られ、これほどスムースに事が運んだのかもしれない。


 本当、運命の川の争奪を起こす無意識の裂け目というものは末恐ろしい。


 通話が切れてすぐに自分は近所のタクシー会社に電話を掛けて、「アパートの前に来てくれ」と予約を取り、その後に出て行く準備を始めた。準備をするといっても、部屋にはリュックサック一つで収まる量しかなかったため、そこまで荷造りに手間はかからなかった。


 いや、そんなに簡単に出て行けるのかと、引っ越しマニアの人々からキレられそうだが、そこは大した問題ではない。なにせ、銀堂家が支援するアパートなので、いつでも出て行って良いし、帰ってきても良しの都合のいい物件だからだ。


 そのためこのまま出て行っても良いのだが、腐っても数年以上お世話になっている関係上、大家さんには一報は入れておいた。それで返ってきた返事は「銀堂の人間にしてはご丁寧に」と、どうせまた勝手に住み着くことを分かっていると言わんばかりに不機嫌にガチャ切りされて、改めて銀堂家の無神経さを再確認をした。


 その後、タクシーを呼んでおいて待たせるのは失礼だと思い、早めに外に出た。までは良かったのだが、これが少しマズい展開を生んだ。

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