寒いのは気候か人間性か、それともギャグなのか

「寒っむ!」


 気が早く外に出てしまったことは自分に責任があるが、それにしてもこの日の寒さと風は酷かった。四月の中旬に差し掛かろうというのに何故か、季節外れの寒波が迫だし、昨日は二十度以上あったのにその日は十度近くになっていた。


 予約を取ったタクシーは外に出て十五分ほどで来てくれたが、体感時間としては二倍以上待たされた気分だった。


 自分に横付けされたタクシーの自動ドアが開くのを今か今かと待ち望み。開いた瞬間、自分はまるでコタツに入る猫のごとく車内に滑り込み、問題が起きた。外の温度と車内の温度差を考慮していなかったせいで、寒暖差にやられて意識が朦朧としてしまい、手許を狂わせながら座席に左手を突き、右手で頭を押さえて血管の拡張に耐え、座席の定位置に座った。


「大丈夫ですか?」と運転手である中年男性から心配の声と眼差しが向けられる。


「大丈夫です……寒暖差にやられただけですから」と、我が身に起きたことをそのまま説明した。


「そうですか……。それではどちらに行かれます?」と業務の姿勢に直り、今回の行き先を訊いてくる。


「香取県の銀堂本山に向かってくれ」と何の意識もなく伝えたところ、その場所を聞いて運転手は準備する動作を止めて、ふたたび自分がいる後部座席に向かって「本当に大丈夫ですか?悩みがあるならオジさんが話し聞くけど」と別のベクトルで心配された。


 ああ、そう受け取られたかと、自分の動作とおそらく血色の悪い顔を見て訊いてきたのであろう。それは誤解だと知らせるため、まだ症状が収まっていない頭を回し事情を説明した。


「茶番はいいから早く目的地に向かってくれ。自分はそこのお山の大将から今日中に帰って来いと呼ばれたから行きたいのであって、生活困窮者でも日中から夜逃げをしようとしている人間でもない。その証拠に予約リストか何かに『銀堂』の文字が記載されているはずだ」と意識を保つため少し語気を強くしてそういった。


「そ、そうですか」と運転手は猜疑的な表情を滲ませながらリストの名前を確認。


「失礼しました。確かに『銀堂』の記載がありました……」と自分が銀堂家の関係者であることを分かってもらえたが、まだ何か心配要素があるのかまだ浮かない表情を見せる。その視線は上から下を舐め回すような疑いの目をしていた。


 めんどくさ、と内心だるさを思えながらも、運転手のその猜疑の目はおかしくはないとは思った。自意識過剰かもしれないが、この時の服装や髪、こだわりのないみすぼらしい容姿を見て、コイツ本当にそこに行くだけのお金を持っているのかと、疑いたくなるのも無理はない。


 なにせ、ここから片道一〇〇キロ以上の旅だ。運転手の立場としてちゃんと報酬が支払われるかはかなり重要なところ、それに過去に起こした銀堂家の悪業があるからそこまで訝しがられても文句は言えない。


 そこで相手を納得させるため、何の添削もなしに思い付きのネタを披露した。


「安心しろ。報酬なら色も格好もつけて払ってやるから気にせずに目的地に向かってくれ。少なくともそれがお前の仕事だろ」と、業者の立場として文句のつけどころのない言い分を放った。


 それを聞いた中年の運転手はあまり顔色を変えずに業務姿勢に直り、鏡越しにニヤリと口角を上げて「か、しこまり、ました」と半笑いの声を漏らして承諾。


 思いっきり笑ってはいけないと配慮してくれたかもしれないが、歩合制の個人タクシーの運転手の一個人としてはウハウハだったはずだ。その想いが最後まで隠し通せずに最後漏れてしまったのであろう。失礼な奴だなと短絡的には思うが、叱責するほどの行為でもないと赦し、それよりもやっと動いてくれることに安堵した。

 

 その影響か、急に睡魔が襲ってきて体力を温存しろよと云わんばかりに、まどろみが訪れた。自分はその感覚に従いゆっくり目を閉じる。心が静まった刹那「さっき言ったネタは流石に寒すぎたな」と身震いし、寝てすぐに忘れようと無心状態を保ちながらそのまま深い眠りについた。

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