寒いのは気候か、心か、人間性か?

「ヘックション。うう……寒っさむ!」


 前日は四月中旬に似合う小春日和だったというのに、今日に限っては二月ごろから伸び縮みしている寒波が上空に覆い被さっていたらしく、予想外に寒かった。


 そうだったら、一度部屋に戻って待機すればいいじゃないかと思うかもしれないが、自分の意固地な性格上、それは何か負けた感じがして、速攻棄却。そうなると、何とか耐え凌ごうという発想になり、この気候との謎の我慢比べをはじめて、結果その場に居座ることに。


 そんな中、携帯を開いてみると、画面には八時二十五分、天気は晴れ、マークの下には数字で十五度と表記があった。


 本当かどうか確認をするために一度大きく息を吐いてみると、思いのほか白い蒸気が上がって、「本当だ」と視覚的にも納得した。


 このまま何分か耐えないといけないのかと、勝手に凍えながら待つこと十二分。やっと、予約を取ったタクシーが来たと顔が緩むと同時に、体感その二倍待たされた気分だったので、「遅いんだよ」と表情筋のうちでは理不尽にも舌打ちしてしまった。

 

 その反応に呼応するようにタクシーの自動ドアが開き、そこから放たれる温風はその理不尽な想いをも解かし、より弛緩させる。大袈裟な人間なら、寒い寒いと身体を擦ってある程度体温を上げた乗車するところを、自分は身投げするように入ってしまい。最初の一秒ほどはその温暖な空間に気持ち良さを感じていたが、時間が経つごとにクラクラしてきて、これはヤバいやつだと咄嗟に座席を突き、意識が飛ばぬよう食いしばり何として耐えた。


「大丈夫ですか?」


 寒暖差で悶える自分の姿を見て、中年運転手は心配の声と鋭い視線を送ってくる。


「大丈夫……寒暖差にやられただけだから」と座席に着き、額を右手で押さえながらも、左手を振って問題ないアピールをする。


 それを確認した運転手ではあったが、腑に落ちてないような心配顔をしつつも「そうですか……」と前方に向き直り、「どちらに行かれますか」と行先を訊いてくる。


香取かとりの銀堂本山に向かってくれ」


 そう伝えると、ふたたび同じ顔と視線を向けられて「本当に大丈夫ですか?悩みあるならオジサンが訊くけど」と、いらぬ心配をされた。


 あ、しまった。と、別の意味で額を押さえ、運転手を安心させようと、わざとらしい横柄な態度を取って「おい、誰か判って訊いてるのか?予約した人間の名前確認してみろ」と指摘した。


 運転手は端末をいじり予約した人の名前を確認する。自分が『銀堂』であることの確認は取れたようだが、まだ何かあるようで眉間の皺が取れない様子。


 思わず、「はあ……」と、ため息が出てしまった。


 自意識過剰かもしれないが、この時に着ていたヨレた黒いフードとそこから覗くダサいジャージ姿を見て、本当に支払い能力があるのかと疑われているように感じた。


 確かに片道一〇〇キロ以上の旅だ。報酬面がしっかりしていないと、運転手の立場としては帰りの道もある分、なるべく不安要素は消しておきたいはずだ。それに『銀堂家の人間』という期待値もあったのかもしれない。 


 そこで自分は相手を納得させるため、思い付きでとあるネタを披露した。


「ああもう、茶番はいいから早く行ってくれ。ちゃんと後で色も格好もつけてやるから、さっさと行け」と大袈裟に後頭部を掻たあと、先に何枚かのお札を取り出して、早く行くよう催促した。


 その行動に中年の運転手は戸惑いの色を見せつつも、再び前方に向き直り、条件に安心したのか、鏡が越しに口角を少し上げて、「かしこまりました」と、その表情を隠すように了承の返事を出して、やっと車体が動かした。


 短絡的には失礼な奴だなと思いながらも、叱責するほどの事ではないと思い直し、目的地に向かい出したことに改めて安堵する。


 それで緊張が解かれたからか、急な微睡みが生じて視界が狭まり、気付けば夢の世界へと落ちていた。それはまるで、このあとの展開に備えるため早く休息を取る訴えられているように――――。


 と、完全な静寂に落ちかけた、その刹那「やっぱ、さっきのネタは流石に寒すぎたかな」と発作のような悪寒を感じて身震いし、一度覚醒しかけたが、恥ずかしさからすぐに夢の世界へと逃げ返り、すぐに忘れようと、そのまま深い眠りに着いた。


 理由は別として、この選択は間違いじゃなかったと思う。なにせ目覚めた後にあんな面倒事に巻き込まれることになるんだ、もう一睡くらい赦されても良いはずだ。

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