俺の席なら、ここにある

「いったい、溢れ者がここに何をしに来たんだ?」女性よりも口数の多い漢が誰もが訊きたい問いを高圧的に投げかけて来た。


 内心、自分でもなんで来てしまったのかな……と他人事のようにため息をついてしまう。気持ちが先走ったとか、ここにいる奴らが当主に成るくらいなら自分がやる!などとあとで理由付けることは、何度だって言えるが結局は後付けだ。


 もっとも当主に成る事をイヤがった人間だ。場違い感にもほどがある。


 大広間に入った瞬間に痛いほどにそのことが理解できた。風が入る隙間は自分が入って来た隙間しかないはずなのに、なぜか向かい風が吹いてきて、背後は確認できないが冷たい視線が差していることは感覚的に分かった。きっと、大広間にいる候補者たちの熱気とその冷たい目線が混ざり合って、変な気流を作り出しているのであろう。ずっとここにいることは偲びない。


 このようなおかしな気分になったのは思い出すに三回あって、一回目は中学のころに女性にいじくられたとき、二回目はこの時、三回目は……元カノの前で妻がいちゃついて来たときだろうか。そこまでに行くまでにいろいろ事情があるがまあいい。


 基本にこの感覚は自分とエゴが乖離しているときに起きることで、感覚的には残っているが言動とかはあまり思い出せない。共通して、その現象が起きるのは運命のパラダイムシフトが起きるタイミングでもある。


 それに気づくのはいつもことが終わった後で、それはイコール運命が決したあとである。そうなったら、どんな人間でもその路線から逃れることはできず、変えたいなら誰かに擦りつけないといけない、まさに呪詛だ。


 いったい誰が仕組んだことか……。


 伝達者も最初自分が入って来たときは希望の眼差しで見ていたそうだが、己が識る『遊学』じゃなかったため次の瞬間に悪寒が走り、コイツは『遊学じゃなくて、銀堂遊学』だと畏怖の念を覚えたそうだ。 


 候補者たちが最初の問いへの質問を待っている中、無作法にも銀堂遊学は候補者ではなく、遺言書を発表した人間に対し「それで?御剣殿。遺言書の次期当主の名は誰と書いていたんですか?」と質問。


 ここで叔父が激昂してツッコミでも入れるのかと思ったが、遠目でも脂汗を書いていることが確認でき、何か言いたげな顔をしながら押し黙っている様子。


 御剣氏はふたたび遺言書を開きあらためて内容を確認した上で、体感二・五秒ほど間を措き「こちらの遺言書には『銀堂遊学』様と綴られております」と淡々と報告。


 銀堂遊学はその報告に「そうか、御剣殿ありがとう」と普段の自分なら口にしない感謝の言葉を送り、自分もこの勝負勝てると何故か確信した。


 その理由は発した後に気付いたがたった二言で決ししていた。


 それは「俺の席はどこだ?」とわざとらしく探す一言目。その言葉に反応したジェントリーは「あ、はいすぐに用意します」と慌てて立ち上がろうとするところに、一人の漢が「持って来んでええ!!」と怒号というよりも号哭に近い野太い声でその行動を制止、御剣氏に許可を取らず立ち上がりこちらに来て、


「お前は立場を分かっているのか⁉」と右手を自分の方に置き睨みを利かせて迫って来た。その状況は通常二十代の若者に向けるべき目線ではなく、人生を賭けた憎しみの視線に思え、漏らしてもおかしくない気迫だった。


 もし、銀堂遊学という鎧を着ていなかったら、普通に遊学という二十代の前半のガキは失禁こそはしなくとも、ちびってはいただろう。


 銀堂遊学はその気迫の風邪を受けても動じず、むしろ澄ました飄々とした若造の顔を作って、偉そうに腕を組んだ上で「確かにそうだな。叔父上の言った通り、俺に対しての席を用意する必要。それに遅刻して、候補者の席を要求するとかどうかしている。叔父上もそう思うだろ?」と煽り、自分は叔父が肩に乗せている手を外したあと、叔父を横にずらし、そのまま真っ直ぐスタスタと大広間のど真ん中を歩きスッと銀堂家の玉座に身を据えた。


「このとおり、俺にはここがあるからな。元々そんな席は必要ない」


 これがその二言目だ。


 そんな行動を取られもう何度目かもわからない失態を重ねるように「てめえ!!」と勢いよく玉座に据わる人間に向けて拳を振り上げる叔父。


 拳が顔にめり込むと思われたが、それは杞憂だったようだ。当時は信じられなかったが、これが上位者――神の力なんだなと認識させられることになった。まるで見えない壁――いや、分厚い空気の層が拳を受け止め、叔父の顔はハトが豆鉄砲でも食らったのかのように静止。自分でも何が起きていたのか全く理解できなかった。


「…………」


 叔父貴は思考がショートしてしまっているのか、はたまた継承権が無くなったことに気付き絶望をしているんか、より表情を暗くして何も言わない。


 そこに銀堂遊学は「叔父上、腐っても自分はこの家の当主です。その言葉の意味がちゃんと分かってますか?」と、何の抑揚もなしに伝えた。


 叔父は拳を緩め、力なく手を下ろしふたたび静止。


 みかねた御剣氏は後頭部を掻き「許可なく立った件はどうしますか?」と玉座に据わる人間に質問。自分は「どうでもいいから座ってくれ」といった覚えがあるのだが、人によってその発言が何故かズレていた。その訳は追い追い。


 何にしても、叔父は反省の色を見せながら己の席に座り、しばらくは大人しく事の行く末を見届ける態度を取ってくれたからスムーズに事が動き始めた。


 そして、先ほどまで生きていた一人の漢についてことを述べはじめた。

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