無知ゆえの非道と有知ゆえの傲り
「『マリねえ』?」と突然出てきた女性の名の興味が出たのか続けて「何?昔の女~?」と煽り口調でその話を聞かせろと言わんばかりに迫ってきた。
名前も話も出す気は無かったが、お互い人の話を軽く聞く性格であることを分かっていたから、『マリねえ』をダシに話に重みを付けることにした。
でもこの時、志保が煽り口調は自分が想像する別の意図が絡んでいた。
「ああ、出すつもりじゃなかったんだが……語るよ。十年ほど昔、
「それで?」と志保はさらに内容を要求。
自分は続けて、「まあ、マリねえはその性格ゆえに自ら命を絶ってしまったんだけどな」と葬式に行った時の記憶を思い起こしながらいった。
「…………」
志保は何か言いたげではあったが、生憎それを指摘するほど自分はできていない。そのまま語りを続けた。
「この話はその弟から聞いた話なんだが、とある会食の場で胸を鷲掴みにした若造がいたらしく、当時高校に上がりたての女子であることに加えて、さっき語った性格だ。もちろん、ブチ切れてその若造に食ってかかった。が、相手は体格の違う外国人にして腐っても男だ。女性の力じゃどうにもならず、それを見た一部の人間がなだめるため下ネタを連発し場を収めようとしたが、そこでマリねえは『そんな下品な言葉を出すな気色悪い』と激怒した結果。止めに入ってくれた連中も気を悪くしてマリねえを誘拐し慰み者にされた」
「そうなんだ……」
「助けた向こうからすれば失礼極まりないし、その若造の国ではその鷲掴み行為は上質な相手に対する最高の礼儀であったみたいで、あとからそんなことも知らないバカ女と罵られた。こちらの立場としては酷いと思うが、無知ゆえに起きた事故だ。比較対象にしたくないがこれでも、うちのクソババが余計なことをした時代以前以降では大幅に減った以降の事例のひとつだ」
「……家族はフォローしなかったわけ?」とその後のアフターケアについての質問。
「あくまで同じ溢れ者の弟から聞いたことだが、前提として弟は溢れ者であることをすでに識っており、弟はそのことを姉さんに識られると気まずくなると思い隠していたそうだ。それに弟が生まれた理由が彼女同様、国外での慰みだからな。したがって、彼女の母親も言いづらかったはずだ。そして、その父の立場にしても身内の女性をまた守れなかった失望と、どう話しかけたらよいのか分からなかったのも想像に難くない。あとは、いわなくていいか」
「そうね。そのとき誰もその……『マリナさんには誰も味方がいなかった』」
「そう、世間的には病死したと知らされているが、実際は自作の簡易的な処刑台を作り首を吊って自決。その第一発見者はその語り部だ……溢れ者である自分にしかできない話だよって粋がっていたが…………言葉にならない」
「そっか。そりゃ、いつも冷静なあんたでも感情的になるわけだ」
「でも、もしシフォが同じ目に遭っても、大丈夫だと思うけどな」
無神経だとは思った。しかし、彼女もその意味がすぐ分かったようで、湿ったツラからすぐにパッと明るくなって笑った。
「アハハそうね。間違いない。むしろ、寸前のところまでいったところで飛んだ紳士で対応しそう」
「そうだろ。とはいえ、そのリスクを減らすのはお前の役目だシフォ。組織が崩れるときはいつだって、背後にいる女が何かをしでかしたときだ。気を付けろよ」
「うん、聞けて良かった。流石、名家の出の溢れ者は違うねぇ」と、わかりやすい蹴りを入れてきた。
「茶化さないでくれよ」と、話のお茶を濁してもらって「さあさあ、帰った帰った。自分は少々話し疲れたから休ましてくれ」と話の切りを与え。
「わかった。相談に乗ってくれてありがとね。それじゃ」と軽く手を振り、志保は教室を後にした。
最後に言ったことは事実だから自分は席を立ち、教室のソファーに寝転びしばらく仮眠を取った。
この日の感想として志保のこう書籍に記している。憧れだった人の最期を識り、何だか天国から『イヤだから無視せずに学び、もっと寛容にならないといけないよ』と叱られた感じがしたから、それを糧に彼女が生きたかった未来を生きようと思った。そうだ。
現実問題、イヤことは知らない方がいいという風潮があるが、それでも教えるべきことは教えるべきであると思う。けど、志保のように素直に聞いてくれて納得までしてくれるのは稀な話であろことも理解している。だからこそ、この問題は解決できるが実質解決のできない因果な問題であることは限りある者たちへの永遠の課題であることは間違いない。
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