行きつけの店 シャ・ゴーレ
「シャ・ゴーレ……」
ボソっと相坂から出てきた店名こそが、今回のひとつ目にして最後の予定だったはずの場所だ。
どうゆこと?と疑問に思うことは至って正常だと思うから説明するが、放蕩息子の時代、残った女に約束を付けてはこの店にやってきて、お前のどこが悪いかを洗いざらい出させて、相手を振るという端的には酷い遊びをしていた。元々は売れ残った女性を指導込み込みで誘い、魅音座の『売れ残りがほぼない』という謳い文句を守るために行っていた行為なのだが、徐々に自分の性格が悪くなるにつれて、上記のような行動をするようになっていた。
「この看板の文字の意味を詮索しようとしても、普通は分からないよ」とまだ彼女のことを他と変わらない女性思いながらそれを言った。
思いが伝わったのか相坂は「そうよね。普通は読めないよね」と苦笑しつつ、自分と一緒に店内に入った。
ちなみに『シャ・ゴーレ』の意味は『ザ・未完成な砦』というゴーレムのムを取って未完成さを出した、誰が分かるんだよ!と文句を言いたくなる内容である。
「いらっしゃいませ。あ、遊学様ですか。お席にご案内しま――す」
「どうかしたか?」
「いえ、こちらにどうぞ」と彼女と同じ苦笑をしていつもの席に案内される。
この時点で気づくべきだったと後悔している部分で、店員と相坂が同じように苦笑いした時点で「知り合いか?」「来たことあるのか?」くらいは訊けば良かった。この時、後ろにいた相坂は店員に唇に人差し指を当てて「黙っておいて」とサインを送っていたそう。
人って奴は自分が最強だと思っているとこういう確実におかしいところでも、気付かずに気にせずに前に行くようでそのフラグが後々に自分の首を絞めつけてくる。
「こちらが本日のメニューとなっております」
「ありがとう」
「…………」
店員からメニュー表を貰い内容を確認する。彼女も同様にメニュー表を貰いに秒ほどめてこちらをチラチラ見る。
この時は下手くそなボディーランゲージをみようとする女だと下に見ていたが、それはそうで自分はこの時、彼女の手の上で踊らされていたからだ。
ボディーランゲージとは、人の動きを見て人の性格や相手を落とす手段として考える心理学行動のひとつ。馴染んだ動きは即席的には直せず、仮にそれが保てたとしても、気を抜いた途端にその姿が現れるものだ。これを見て、人を判断する。
自分はそれを蛍に仕込まれたから、自然にそういう相手の一挙手一投足を見るようになった。これをすることにより、相手が殺意があるかが判別できたから結構、夜道を歩く時は利用させてもらっている。
「ご注文はお決まりになりましたでしょうか」
「ああ、自分は決まっているよ。相坂さんはどう?」
「……先頼んで、確かめたいことがあるから」と意味深なことを口にした。
「わかった」
まさか向こうもボディーランゲージを見ようとしているのかと、どこまでもアホな自分がいたことは思い出すたびに殴りたいと思う。実際、彼女が観ようとしていたことは全く別のもので、彼女は伏線内容を確認するためにやっていたことだと、後々から理解した。
「スープはジャガイモのポタージュでパスタはグルテンフリーのカルボナーラ、食後にパンを頼む」
「……」
グルテンフリーと聞いて相坂は目を細め、シラーとやっぱりだと言わんばかりに睨んできた。現在となっては当たり前に注文できる要素ではあるものの、当時としては健康オタクやマニアのみが指定する変わり種の注文だった。
それが一体何なのかは各々に調べてもらうことにして、話を続けよう。
淑女は大きくため息を吐き、ウェイトレスに確認を取り始めた。
「あのさっき、グルテンフリーとおしゃっていたんだと思いますが、食感の繋ぎに何を使っているんでしょうか?」と、普通はしない着眼点に自分は目を見張った。
ウェイトレスも僅かに驚いた顔をしたがすぐに「米粉を使って補っています。そのアイデアを与えてくださったのはこのお方、銀堂遊学様です」と余計なことを付け加えて説明した。
自分はその回答を聞いて鼻でフッと笑って対応したことは、叔父と張り合えるくらい傲慢なものであった感じがする。
その態度をチラッと彼女は見て、何かを見透かされた双眸をぶつられたような気がする。そのあと調理法を聞いて、納得したようでやっと注文を出し始めた。
「わかりました。それじゃあ、スープはオニオンでミートスパゲティー、パスタはグルテンフリー食後にはパンをお願いします」とにこやかに答えた。
「かしこまりました」と了承し、ウェイトレスは厨房へと姿を消した。
「よくグルテンフリーなんていう存在を知っていたな」
「うん、最近の食品業界では有名な話だから」
「まあ、確かにな」
もうこの時点で他の女性とは違うと分かっていた。理論的には理解できていけども、心の方では偉そうな女だとイラつきがあった。その感覚のズレが余計な一言を生み出した。
「本当に苦労したよ。米粉の割合を研究するために何度も食わされ―—」
「そういうの良いから」
た、と言い切る前にばっさり切り捨てられた。最後まで聞けよと、反発しかけた。彼女は睥睨するレベルで睨んできて発言を制止してきた。でも、その行動からは温かさが感じられた。翻訳すると「柄にもないことをするな」と怒られたような感覚だ。
高校以降、何でもできたからやる事に関しては怒られたことがなかった有頂天な自分と相俟って、かなりキツイ。
自分が無理をしている?今ならのその違和感が何だったのか説明できが、当時の自分には理解し難いものだった。しかし、それが何かを識る機会を与えてくれたのは、まぎれもなく彼女、相坂要だったことには間違いない。
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