変態紳士と天賦の才は使いよう

不届き者

厄介事はどこまで行っても……

 過去のお家騒動の話はここまでにして、大学卒業以降に放蕩生活を可能にした理由……というか元凶というべきかは分からないが、そのキッカケとなった『変態男との出逢い』について話をしようと思う。


 大学に入学して二カ月くらい経った日の出来事だろうか。自分は入学前に予約していた自分専用の教室の中でメダカの研究をしていた。何故メダカの研究をしていたかというと、教室の中に水槽がポツリと置いていて、「これで何か生き物を飼おう」とここでは経緯を省くが、傷心した精神を癒すため水槽でメダカを飼うことにした。


 生ぬるい授業で単位を取りながらメダカの世話をしているうちに、水槽の汚水で植物を育てるアクアポニックスにハマって、定期的に外に出て川で駆除対象のメダカを回収してきて数を増やし、泳いでいる姿を見て愉しんでいた。そこから学校図書で資料を漁り、知識の派生と実験を繰り返しメダカについてある程度詳しくなった。


 本質的には題材は何でも良かったのだろう。自分の手で何かが発展していく、もしくは変わっていく姿を見るのが好きで、偶然にもそれがメダカだっただけの話だ。


 でもその想いがまさか次にやってくる事態に取り込まれる要素のひとつになろうとは、この時の自分は想定していなかった。


「おい!ここに銀の名を持つ商業科出身の人間がいると聞いたんだが……」と何の前触れもなしに教室に入ってきた変態は軽く室内を見渡したあと、「その人間はアンタだな!」とナルシストポーズを決めながら自分のことを指差してきた。


 突然現れたそんな変態に対し自分は「誰だお前……」と初見的の訝し反応を示したが、心のうちでは「このタイプは厄介事を持ってくるタイプ」だと高校時代に培った感覚で察知し、すぐに追い出す心の準備を始めた。


 変態はその準備中を知ってか知らずか勝手にズケズケと教室内を歩き始め、「随分と小ざっぱりしているな、水槽以外」と傍若無人に聖域に触れようとしたから咄嗟に席を立ってその手を払った。


「そいつに触れるな。あと何しに来た不届き者。ここは俺の教室だ。許可無しに入ってくんな」と思いの丈をぶつけた。


 不届き者は強張った顔を数秒ほどしていたが、人が変わったかのようにニカッと清々しいほどに笑って「あ、そうそうあんたに頼みごとがあってきたんだ。俺様を金持ちにしてくれ!」と腰に手を当ててお門違いなことを言い出してきたから、自分は動揺を通り越して額に手を当てて大きく溜息を吐いた。


「お前……言葉のキャッチボールって知ってるか?」

「……知ってるとも、アレだろアレ……」

「帰れ!」

「何で!言葉のキャッチボールを要求してきたクセに」


「何のプランもなしに知ったかぶりをするな。話にすらならん!帰れ!そして、二度と来るな!」と語気を強めて突き放した。ところ――――。


「了解!」

「え?」


 と、不届き者は一瞬だけ食い下がろうとする精神を見せたが、誰かに止められたがごとく了承し、開いている教室の扉から出て行き、そのまま自分の言った通り帰ってしまった。


「一体何だったんだ」と口開けて呆然とする中、冷静に「念には念」と、わざわざ扉にロックを掛けて、自分の世界へと閉じこもった。


 が、翌日――。


「なあ、頼むよ。俺を金持ちにしてくれよ。えーとユウノスケくん」

「お前は人の話を聞いていたのか?」

「うん、聞いていたよ言葉のキャッチボールをする事だろ」

「それもそうだが、『二度と来るな』と言ったはずだ」

「いや、朝来ていなかったから、三度目です」

「変なところで、頭を回転させるな!あと入室許可も出していないのに入ってくんな!蹴り出すぞ」

「許可貰ってますよ。理事から『ご自由に』って」

「そんな話、俺は聞いてないんだが!」

「そんなこと言わないでよ~頼れるのがあんたしかいないんだ。助けてくれよ。ユウノスケくん」

「……やっぱ聞き間違いじゃなかったんだな」


 そして、後日。


「頼むよ。遊学!俺をお金持ちにしてくれよ」

「しつこい!」

「何で!」

「勉強の邪魔だ」

「勉強って、暇潰しを勉強って言うんですか」

「……わかったようなことを言いやがって」

「だってそうだろ。この学校で得られるものって認定書という名の与えられる小魚だし。なら俺たちで大きな魚を釣り上げられる人間に成ろうぜ」

「……多少知識はあるようだな」

「学校図書で知った程度の知識だけど」


 そんな会話を何日も続け、気付けば二週間も経っていた。最初は変態の話を聞いているだけで頭が痛くなっていたはずなのに、こう毎日押し入れられていると微量ながもその男に耐性が持ち始める。


「そういえば、名前を訊いてなかったな」と思い始めたときには、さすがの自分もあの変態に毒されているなと苦笑いしてしまったものだ。

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