玉座に身を据えた兄弟

 前日、定例会議が長引き疲れがたまっていてか、起きたのが夜の二十二時ごろ、普段は開かない裏口の玄関から音がしてふと様子を見に行くと、赤子を抱く女性と待ち望んだ漢がいた。偶然か、母さんもそこにやってきて、口を押えて「晴彦!」と産んだ我が子の姿を見て声をあげた。


「おいおい、平日の夜に騒ぎ過ぎだよ」と、照れくさそうにする次期当主。


 その隣では黙って不安がる見知らぬ女性。兄貴が連れて来たんだ、本人にとっては大切な人だとは無神経な自分にも認識はできた。


「まったくいつまで待たせるんだよ……あとお姉さんも上がっていいよ」と、兄貴にはわざとらしい悪態を付き、産まれて一週間も経たない子供を抱える女性には何の違和感もないよと諭すように迎い入れる声を掛ける。


 女性は少し表情を緩ませた。が、不安は緊張に変わったようでまた別の硬い表情に。


 ああ、これは兄貴と切り離した方がいいと判断。女性同士なら少しでも安心すると考えた自分は母さんに「子供の世話を手伝ってくれないか」と頼んだ。


 鬼の娘はその頼みごとに「そうなるだろうな」と伝わるほどの緊張の汗を垂らし始め、「チッ引き受けないと、話が進まねえんだよ」と自分は狂言を放ち、母に女性を連れていくよう促した。


 女性は自分のその態度に畏怖してか、あわあわと瞳孔を開いて兄貴の服を掴む。


 兄貴は「取って食わないから、安心しろ。ここには銃やナイフで危害を加えようとする者はいない。まあ、怒らせたら拳は飛んでくるがな……」と余計な一言を付けつつも、その一言でどんだけの苦労があったのか察しがついたし、修羅場の苦労が分かる実の母にも響いたらしく、「さあさあ、そんなところでつ立ってないで上がってください!」と、できる限りの優しさを見せた。


 兄貴は女性の背中を叩き「行って来い」と合図を送り、先に上げて自らも家の仕切りを跨ぐ。


 母は女性の手を引き、自分は兄貴を手招きする。その後別れ、自分が当主に成るよう言われたあの部屋に向かい。女性陣は母の部屋で赤子の面倒を見ていた。保護も担当している家だオムツも万全だし、心配はいらない。


 自分はあの部屋でこの日のために用意した清酒を開け、兄貴の土産話や近状報告をツマミに兄弟での盃を交わした。


 良識あるものなら帰ってくる前に一報くらい送ると思うだろうが、その良識は『銀堂晴彦』という人間には通用しない。親父もそうだったが、突然連絡を入れて来るくせに折り返しの連絡は出ることはないし、そもそも電話や機械音声が苦手なため、直接対話するか、運良くメールに反応してくれるかくらいの面倒臭い人。まさにトップ以外なら只々邪魔な人と言える。


 それはともかく、晴彦の兄貴が返ってきたことに喜んだ。


 このことについて当時の世間では、兄貴が弟に地位を奪われたことに腹を立て略奪しに来たとか、子供ができて生活のやりくりに困窮し、弟に泣きついたなどと、面白い考察や噂話があったことを思い出す。

 

 実際の話として、そんなゲスな話とかは一切なく、むしろ号泣して七代目をやってくれと泣きついたのは自分の方だ。


 ひとしきり飲み終えた後、社会のへの見識のすり合わせをした。この時の自分は先述した通り、金を使わなくとも成せることの発展により、金融業の凋落が目立っていることを理解していた。確かにその見識は間違っていなかったが、晴彦の兄貴が語ったことは組織を作ること自体が危険だという話だった。


 聞くところによると、シモク政府の拠点オオナリ地区を作ったやり方を真似て限界集落を自給自足できる村に変える天才たちが出現らしい。村と名目を打っているが、ふたを開ければ個人の集団で村は取引の拠点にすぎず、信頼とモノで交換する市場を作っているという話だ。なぜそんなことをしているかというと、組織(村)の人間として取り扱うと、一人が問題を起こせば村全体が背負うことになるし、逐一ルールに従わないといけない。個人形態であれば村違いの異邦人であっても登用できるし、組織的な交渉(第二者第三者のからの)も許可も必要なくなるそうだ。


 これは現代の理想。前の世代が組織によって苦しんできた経験が招いた現実だ。止めようにもないし執筆している現在では確固たるものになっている。


 余談だが、シモク政府はかなり融通と頭が回る人間たちのようで、村づくりの経験からか、そういった村に赴き、犯罪者が出てきたらうちで裁きましょうと、流刑人を受け入れる提案をし、条件としてシモク政府の管理する地域だと主張させてくれと交渉。そのおかげで村には法律はないが、シモク政府の都市に連れていけばそこで前科が付けることができるポジションを獲得することに成功し、国際的にもその村地域もうちの領地ですと主張できる状態になったとか。


 その黎明期が来ていることを分かっていた兄貴は三年前家を飛び出し、個人とし繋繋がる人間関係を構築、村づくりを学び、建前上の会社を作り、当主に成ったときには家の構造に組み込み村を作りたいと考えていたそうだ。


 その中でも最も難しいと考えていたのは『銀堂家の説得と実質の解体』だった。しかし、その関門は識ってか知らずか、自分がやっていたのですごく助かったと労ってくれた。その上で、兄貴がこんな質問を投げかけて来た。


「遊学、当主の力は使ったことがあるか?」と、ちょっと心配そうな顔を。


 自分は少し考えて「戻る過去なんてない。それどころか二度とあんな人生はごめんだ」と、銀堂家の神様にも言ったことを吐いた。


「そうか。さすがだな六代目。これは頑張らないとな」と、ニヒルな笑みをこぼし、覚悟の決まった顔をして、七代目はこう言った。


「今日までご苦労様。あとはお兄ちゃんがどうにかしとくよ。遊学は自分の名前らしく、遊んで暮らしな」と、ムフーな顔をして、その瞬間、自分の肩の荷が下りて目頭が熱くなり、「嗚呼、やっと開放される……。本当、二度となるもんじゃないぞこの仕事」と、ツバを吐き捨てるように当主の羽織を献上。


 そして現当主から「銀堂という名前は嫌だったんだろ」と、変な風評被害を出さないためにもと、新しい苗字として『銀之字』を受け賜わった。


 意味としては三代目銀堂四辻の名前と当主前の役職、銀堂家の関係者をダブルネーミングを冠した名前だそうだ。


 こうして『銀之字遊学』は晴れて一般人に戻り、夜が明ける前に家を出て行った。

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