第46話
純花に対して大きな怒声を上げた心姫だが、心姫がここまで大きな声を出したのは俺に婚約指輪を渡してくれた時以来のこと。
本来は温厚で誰かと口論なんてしたくないはずの心姫が純花に対して大きな怒声を上げたのは、自分の友達を、大好きな人たちをクズ呼ばわりされたからだ。
誰に対しても優しすぎる心姫のことなので、自分がクズ呼ばわりされるよりも友達がクズ呼ばわりされた方が頭に血が昇ってしまうのだろう。
「なっ、何? 私がちょっとお友達のことを悪く言ったくらいで頭に血が昇っちゃった? その程度で喚き散らすなんて気の短い女ね。ほら、そんな女のんかさっさと別れて私と付き合った方が幸せになれるわよ」
心姫よりも純花と付き合った方が幸せになれるなんてあり得るはずがない。
むしろ純花以外の女性であれば誰と付き合っても純花と付き合うよりも幸せになれるだろう。
「あなたの愚行は皆さんから聞いてますがここまで酷いとは思ってませんでした。あなたと付き合った方が瑛太さんが幸せになれる? 馬鹿も休み休み言ってください。瑛太さんは私と付き合っていた方が絶対幸せになります! いや、絶対に幸せにします!」
「「なっ--」」
麻衣ちゃんだけでなく心姫からも馬鹿という言葉を投げかけられ驚く純花だが、同様に俺も驚きを隠せなかった。
心姫から馬鹿という言葉が飛び出したのもそうだが、それよりも驚いたのは最後の『絶対に幸せにします!』という言葉だ。
心姫と付き合っているというのは俺の嘘で、心姫はそれに話を合わせてくれていたにすぎない。
しかし、今の心姫の言葉はただ話を合わせただけではなく、本心のような気がした。
俺のことを幸せにしてみせると言ってのけるとはなんて男気なのだろうか。
この男気は言うまでもなく武嗣さん譲りなんだろうな。
というか心姫、本心で俺と付き合いたいと思ってくれてるのか?
だとしたら嬉しすぎるし、婚約指輪も安心して渡せるってもんだが……。
って今は喜んでいる場合ではない。
馬鹿という言葉を投げかけられて驚いた表情を見せている純花だが、やはり同情をすることはない。
百回、千回、一万回馬鹿という言葉を投げかけられたとしても足らないくらいである。
心姫もここまで言ってくれているのだから、純花を本心で反省させることはできないにしろ、せめて謝罪くらいさせなければ。
「……どれだけ反論したところで純花が悪いってのはこの場にいる全員の総意だ。別に犯罪をしたってわけじゃないし、刑を科そうってわけじゃないけどせめて謝罪くらいはしたらどうなんだ?」
心姫よりも一歩前に出て、俺は純花に謝罪を要求した。
ここまでみんなから批判されれば流石の純花も自分の罪を認め、謝罪くらいはしてくれるだろう。
そう思っていたのだが、純花は下を向いて体を小刻みに揺らしている。
ここまで言われてもまだ自分の罪を認めずに悔しがっているのだろうか。
「……みんなしてうっさいわね! 私は悪くない! 悪いのは全部あんたよ! それ以上近づかないで!」
「うぉっと⁉︎」
純花は自分に近づいてきた俺を両手で突き飛ばした。
まさか突き飛ばされると思っておらず身構えていなかった俺は、その場で尻餅をついた。
その反動で地面に落としてしまった鞄から中身が飛び出し、地面に散乱してしまう。
「痛ってててて……」
「……何? この箱……」
散乱したカバンの中身から純花が拾い上げたのは、俺が今日心姫に渡そうと思って持ってきていあ婚約指輪だ。
それを見た瞬間、緊張が走る。
その箱を見れば心姫は自分が渡した婚約指輪だとわかるだろうし、それを俺が持ち歩いているということは--と察しがついてしまう。
それだけでなく、純花がその箱の中身を見ればどんな行動を起こすかわかったもんじゃない。
そんな俺の不安をよそに、純花は箱を開けようと手を伸ばす。
「やめろっ‼︎‼︎」
俺の静止を純花が聞き入れるわけもなく、純花はその箱を開けた。
「……指輪」
俺は純花の雰囲気から最悪の事態が起きてしまうのことを予想した。
このままではまずい、俺が予想している行動を純花に取られてしまっては取り返しなつかない事態となってしまう。
俺は急いで起き上がり、純花を静止しようとした。
「おい! その指輪に触るな!」
「うるさい‼︎ アンタだけがこんなに幸せなんて許せるわけないでしょ‼︎
「あっ--」
急いで純花を静止しようと立ち上がり行動した俺だったが、次の瞬間、純花はその指輪を川に向かって思い切り放り投げてしまった。
そして、ぽちゃん、という水の音だけが鳴り響いた。
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