第22話

 瑛太さんのバイト先にやってきた私は、瑛太さんがバイトをしている姿を見ただけで瑛太さんの新しい一面を見れたような気がして胸を弾ませていた。


 瑛太さんの制服姿、あれは卑怯である。

 瑛太さんは細身な体型で身長も175センチくらいあるので、スッとした黒いパンツにシャツをきて、その上からベストを羽織り、腰にエプロンを巻いている姿は私が見惚れるには十分すぎる姿だった。


「お待たせしました。サラダになります」


「あっ、ありがとうございます」


 瑛太さんの制服姿を思い出してニヤニヤしていた私は、店員さんがサラダを持ってきてくれていることに気がついていなかった。

 ニヤニヤした表情を見られていたら恥ずかしくてたまらない。


 そんなことを考えていると、店員さんから話しかけられた。


「ねぇあなた、瑛太君のお友達なんだよね」


「はい。そうですけど……」


「私このお店の店長の柏崎って言うの。よろしくね」


 なぜ瑛太さんのバイト先の店長さんに声をかけられたのかわからない私は、「よ、よろしくお願いします……」と困りながらも返事をした。


「彼女ではないの?」


「か、彼女!? い、いえ、私はただの友達で彼女ではありません!」


 店長さんからの質問に私は動揺を隠せない。

 訊かれた内容も内容だし、そもそもなぜ店長さんがそんなことを聞いてくるのだろうか。


 この前花穏さんにも同じ質問をされたし、花穏さんも店長さんも何かしら意図があるのだろうか。

 ただ気になったからってだけで訊いてきてる可能性もあるにはあるけど……。


「へぇ、彼女じゃないんだ。でも好きは好きなの?」


「す、好き!? ではないわけではないといいますか……」


 花穏さんから同じ質問をされた時も曖昧な回答しかできなかったが、未だ自分の気持ちに対する答えが見つかりきっていない私は瑛太さんのことを好きだと断言することはできない。

 なんと言っても今日瑛太さんのバイト先にやってきたのは、瑛太さんに対する気持ちに答えを出すために瑛太さんのことが知りたかったからなのだから。


「ふふっ。その反応が見れただけでお姉さんもうお腹いっぱいだ」


「は、はぁ……」


「瑛太くんってすごくいい子でしょ」


「はい。店長さんはまだきかれてないかも知れないですけど、瑛太さんが車に轢かれたのは轢かれそうになっている私を助けたからなので、瑛太さんには感謝しかありません」


「そうなんだ。瑛太くんらしいね」


 この前の賢人さんと花穏さんと同じく、店長さんも瑛太さんの行動に驚くどころか、瑛太さんなら当たり前だと言った雰囲気を出している。


 私に見せる一面も、お友達に見せる一面も、バイト先で見せる一面も、すべて同様に優しい瑛太さんは、やはりどこで誰がどう見ても優しくて、誰かのために行動ができる人なのだろう。

 要するに、車に轢かれそうになっていたところを助けてくれた姿は、自暴自棄になっていたからというわけではなくて、瑛太さんの本質なのだ。


「……はい」


「バイト中もね、びっくりするくらい真面目で優しいんだよ。バイト仲間が困ってたら助けるのはもちろんね、お客さんに対してもほんとうに優しくてね。どの店員が輝いていたかってアンケート取ったことあるんだけど、ほとんどの人が瑛太くんの名前を書くんだよね」


「ふふっ。流石瑛太さんですね」


「そうなんだよ。極め付けはね、心姫ちゃんが車に轢かれそうになってくれていたところを助けられたのと同じで、後輩の女の子が悪い客に絡まれて殴られそうになってたのを庇ってくれてね。笑っちゃダメってわかってるんだけど、次の日頬を腫らしながらお店に出てきた時は腹抱えて笑っちゃった。……まあとになく瑛太君は本当にいい物件だから。早めに掴んで離さないようにね」


「あ、ありがとうございます……」


 そして店長さんは「それじゃ」と言って私の席から去っていった。


 あれ、というか最後の方そんなこと言ってないのに私が瑛太さんのことを好きっていう前提で話されてたような気がするんだけど……。

 花穏さんにも私が瑛太さんのことを好きかどうかと訊かれるくらいだったので、やはり私の瑛太さんに対する好意は漏れ出しているのだろう。


 ……やっぱり私は瑛太さんが好きなんだ。


 もう疑いようもなく、私は瑛太さんのことが好きになっているんだ。


 この気持ちをいつか瑛太さんい伝えたくなる日が来るかも知れない。


 それでも今はまだ、この気持ちに気付かれてしまわないよう気を引き締めていかなければならない。




 ◆◇




「心姫に何か変なこといってないでしょうねぇ!」


 心姫の席から戻ってきた店長を俺は即座に問い詰めた。


「いやいやー言ってないって。まあとりあえず『イーティーはクソ男だからイーティーだけはやめときな』って言っといたけど」


「いやそれ一番言ってほしくない言葉なんですが!?」


「冗談だって。イーティーの彼女じゃないのかって訊いたんだけど友達だって言われたよ」


「だからそう言ってるじゃないですか……」


 俺は純花と付き合っていた時に店長に彼女がいることを言って相談もしていたので、仮に彼女ができたとしても店長に隠すつもりはないのだから、そんなこと心姫に訊かなくても……。


「イーティーって鈍そうだから言っとくけど、多分心姫ちゃん、イーティーのこと好きだよ」


 突然何を根拠にしたのかわからないセリフを言われた俺は、呆気に取られてしまう。


「……は?」


「まあ信じられないだろうけど、これからは、『店長はああ言ってたけど、心姫は本当に俺のことが好きなのか?』って気持ちで付き合っていくといいと思うよ」


「何を根拠にそんなこと言ってるんですか」


「感です」


「そんなテキトーな……」


 店長の言葉は到底信じられるものではなかったが、これ以降俺の頭の中には店長の言葉が居座り、離れることはなかった。

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