第23話
「それではまた放課後に」
「ああ。それじゃ」
そう言って今日も学校の側で三木さんが運転する車から降りた俺は、心姫を見送ってから自分の教室に向かって歩き始めた。
心姫がいじめられているという話を聞いてから一ヶ月が経過したが、心姫は問題なく学校に通うことができている。
いじめがなくなったわけではないらしいが、俺が心姫に言った「俺が心姫に責任が無いって言ってるんだから絶対心姫には責任が無い」という言葉に勇気をもらったらしく、いじめを堪えることができているようだ。
言った本人である俺としては恥ずかしすぎるので忘れてほしいくらいなのだが、心姫がその言葉に勇気をもらっているのならまあよしとしよう。
とはいえ、いじめが続いている状況を放っておこうとは思っておらず、なんとかしてできるだけ早く心姫に対するいじめをなくしてやりたいと考えている。
しかし、ただの友達で付き合っているわけでもない俺がいじめという根深い問題に口を突っ込めば、心姫をいじめるための燃料を投下するのと同じようなことになってしまう可能性もある。
なので心姫に笑顔が見られるうちは見守って、心姫が耐えきれないような事案が発生したら、何が何でも助けに行こう。
そんなことを考えながら教室に向かっていた俺は、何やら廊下ですれ違う生徒たちからやたらと視線を感じる気がしていた。
何かをした記憶はないし、何かがあったのだとしたら恐らくは純花関係なのだろうが……。
とりあえず今は何も無いことを願うしかない。
今日で俺が心姫と出会ってから約二ヶ月半が経過し、俺と心姫は友達としていい関係を築くことができている。
車に轢かれてから学校に復帰するときは、元カノである純花がいる教室でどのように過ごそうかと頭を悩ませていてたが、最初に少し話しかけてきただけでそれ以降は全く会話をすることも目を合わせるることも無く、心地よい学校生活を送れている。
そんな、心地良い学校生活を手放したくはないので、できるだけ問題を起こさないように学校ではひっそりと生きていたつもりだったのだが……。
不安を抱えながら教室にたどり着いた俺は、扉を開き教室に入った。
すると教室にいた生徒全員の目がこちらに向き、俺は車に轢かれた後初めて登校してきた学校のことを思い出す。
確かあの時は、俺が純花と別れる間際に『高宮先輩と付き合うのはやめとけ』と言ったことを純花が言いふらしたことで冷ややかな視線を送られていたのだが、今回は何があったのだろうか。
「おい瑛太、なんかお前の悪い噂が流れてるぞ」
「……だろうな。教室の雰囲気みたらわかるわ。でも今回ばかりはなんの噂が流れてるか想像がつかないんだが……」
「俺は勿論信じてないんだけど、なんか今になって純花ちゃんが『瑛太と別れたのは瑛太が無理矢理私に性行為を迫ってきたからだ』って言いふらしてるみたいで」
「……は?」
賢人の話を聞いた俺はあまりにも真実とはかけ離れている噂に怒りや驚きよりも先に呆れ返ってしまった。純花と別れてから二ヶ月半、やたら静かにしているなと思ったらこんなとんでもないスクープをぶっ込んでくるとは一体なんの気の迷いなのだろう。
「瑛太はそんなことしてないんでしょ?」
「してるわけないだろ……。そんな勇気がある男に見えるか?」」
「ぜんっぜん見えない」
「おい小さい『つ』を付けると俺のことただのチキンだと思ってるみたいだからやめてくれ」
「え? チキンだと思ってるけど?」
花穏が俺のことをただのチキンだと思っていることは癪に触るが、そう思っているということは純花が言いふらした噂は嘘で、俺のことを本気で信頼してくれている思えるので、その態度はありがたかった。
俺を安心させるためにそんな態度をとってくれているのだとしたら、花穏とは一生友達でいたい。
「……まあありがとな。賢人と花穏に信用してもらえなかったら間違いなく孤立してた」
「そうだよ。私と賢人に感謝してよね」
「ああ。感謝するよ」
俺たちがそんな会話をしていると、俺の元にやってきたのはクラスメイトの
飯島は小柄で小動物のように人懐っこく親しみやすい人間ではあるのだが、情に熱い部分があり、友人を貶されたり、友人が悲しんでいるのをみると放っておけないタイプだ。
飯島とは純花と付き合っている時に何度か会話をしたことはあるが、純花と別れてからは会話をしたことがなかった。
それなのに俺の元へとやってきたのは間違いなく純花が流したあらぬ噂のせいだろう。
「ねぇ、アンタが純花を無理矢理襲おうとしたって本当なの?」
「本当なわけないだろ。大体俺がそんなことするタイプに見えるか?」
「……じゃあ純花が嘘ついてるっていうの?」
「そうなるな。そもそもなんの証拠も無いのにそんなこと言われてもしらん」
「でも純花泣きながらその話してたんだよ⁉︎ 今まで誰にも言えなくて、ずっと悩んでたって。それを嘘だって言葉だけで否定するのは酷くない⁉︎」
ただでさえ目立っているというのに飯島の声量が大きいせいでクラス中の注目が俺はと集まる。
感情的にならずにもう少し建設的な話し合いができるといいんだが……。
「それはただの感情論だろ。証拠も無いのにそんなこと言われても知らないし、そもそも俺はそんなことやってない」
「じゃあなんで今もああして純花は泣いてるの⁉︎」
そう言って飯島が指を刺した先にいた純花は、両手で顔を押さえ、涙を拭いていた。
あいつ、よくもまあありもしない嘘をでっち上げたくせにそんな態度がとれるな。
本当にクソ女である。
「だから知らん。純花が全部でっち上げた嘘だからな」
パチンッ。
乾いた音がクラス中に鳴り響く。
俺は本気の強さで飯島から頬を平手打ちされた。
「女の子が嘘の涙なんて流すはずないじゃん! 最低っ」
そう言って飯島は純花の元へと戻っていった。
飯島に叩かれたことでこの問題は丸く収まり……なんてわけには行かず、光の速さでその噂が学校中に広まってしまい、俺の味方をしてくれるのは賢人と花穏だけになってしまった。
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