第24話

「ね、ねぇ。明日私の誕生日なんだけど……」


『……そうか。明日は放課後部活があるから会えないわ。それじゃあもう眠いから寝る』


「えっ、あっ--」


 私は寝る準備を済ませてから、自室で高宮先輩と電話をしていた。


 高宮先輩とは付き合ってから頻繁に電話をするようになったが、今日の電話は普段の電話のようにただ雑談をして過ごすだけが目的ではない。

 今日の電話の目的、それは明日の予定を決めるため--すなわち私の誕生日の予定を決めることだ。


 恋人の誕生日といえば、よっぽどの理由が無い限りは一緒に過ごしてお祝いをするのが普通だと思う。

 それなのに高宮先輩は、私の誕生日前日の夜になっても誕生日の話題を切り出してくれなかった。


 そんな状況に痺れを切らした私の方から、高宮先輩に誕生日の話題を切り出したのだ。

 それなのに誕生日の話を切り出した瞬間、高宮先輩は部活があるからと言って面倒くさそうに私との電話を切ってしまった。


 ……気付かないようにはしていたが、私は気付いている。

 高宮先輩が私に対してすでに好意を抱いておらず、私への態度が冷たくなっていることに。


 優しかった高宮先輩がそんな風に変わってしまったのは、付き合ってから二週間程が経過してから高宮先輩の家に遊びに行った時のこと。


 高宮先輩の部屋で二人並んでベッドに座って話をしている時、私は高宮先輩に突然押し倒され、高宮先輩が私に乗りかかるような状態になった。

 突然の出来事に恐怖を感じた私は『まだこういうのはちょっと……』と拒否をしてしまった。


 その時、高宮先輩は小さい声で『……あばずれみたいな見た目してるくせに』と呟いたのだ。


 普通であれば私に聞こえるような声の大きさでそんな言葉を呟くことは無いはずだが、私に体の関係を持つことを拒否されたのがよっぽど腹立たしかったのだろう。


 普段の高宮先輩からは想像も付かないような言葉に私は自分の耳を疑ったが、高宮先輩は紛れもなく私のことをあばずれだと言い放っていた。


 それからというもの、高宮先輩の私に対する当たりはこれまでとは比べ物にならない程強くなってしまった。 


 一度私に拒否をされたことで、高宮先輩が私に再び手を出してくることはないだろうと希望的観測を持ったりもしたが、高宮先輩は私に会うたびに体の関係を求めてきた。

 無理矢理服を脱がされそうになったこともあり、これ以上高宮先輩と付き合い続けることは難しいのではないだろうかと考えたこともあった。


 しかし、瑛太を振って高宮先輩と付き合ったのだから、そう簡単に別れるわけにも行かない。

 別れるわけには行かないのならと、高宮先輩の行きすぎた行動も見て見ぬ振りをしてここまでやってきたが、これ以上はもう……。


 今になって思う。


 瑛太も麻衣も高宮先輩が最低な男だということを見抜いて、私のために高宮先輩とは付き合わない方がいいと言ってくれていたのだと。  

 あの時は私と別れたくない瑛太が真っ赤な嘘で私を引き留めようとしていたのだと思っていたが、あれは私に理不尽な理由で振られたにもかかわらず、心の底から私のことを考えてくれていたのだと。


 ……なんで私だけがこんな目に。

 私は何も悪くない、悪いのは私以外の人間のはずなのに。


 私が高宮先輩に酷い言葉を投げかけられたり、無理矢理体の関係を迫られそうになった時、私は決まって瑛太のことを思い出してしまう。

 瑛太ならそんなこと言わないのに、瑛太なら優しく私のペースに合わせてくれるのに、と。


 高宮先輩は格好良くて年上だし、瑛太よりも頼りになる部分はある。

 それでも瑛太なら……と考えてしまうのは、格好いい先輩の魅力以上に瑛太に魅力があったということに他ならない。


 認めたくはなかった。

 それを認めてしまえば私が瑛太を振って高宮先輩と付き合ったことが間違いだったと認めていることになるから。


 ……はぁ。こんなことになるなら瑛太と別れずに付き合っていればよかったなぁと思ってしまう。

 今更ヨリを戻そうと思ったところで、あれだけ酷い言葉で振っておいてどんな顔して話せばいいのかもわからないし……。


 とはいえ瑛太がまだ私に未練があるのだとしたら、もう一度付き合ってといえば付き合あえる可能性は十分に残されている。  


 ……よし、こうなったら明日瑛太に声をかけてみよう。


 そう思っていた矢先、私のスマホの通知音がなり、礼美と麻衣のグループトークに礼美がとあるトークを送ってきた。

 

(礼美)ねぇねぇ、今日私矢歌君がなんか黒くて大きい車から降りてくるの見ちゃったんだけど


(礼美)なにあの車と思って見てたら車の中にめっかわな女の子が座ってたんだけどあれ誰?


 黒くて大きい車……?


 --あっ、高宮先輩とのことで完全に忘れていたが、その車と可愛い女の子を私は瑛太が学校に復帰した初日にも見かけている。

 あの時の瑛太はギプスを巻いていたので、誰か親戚にでも送り迎えをしてもらっているのだろうということで私の中では決着がついていたが、やはりあれは親戚ではないのか?


 瑛太に姉や妹はいないので、可能性があるとすれば従姉妹とかになるのだろうが、従姉妹があるなんて話は聞いたことが無い。


 となるとその女の子は誰……?


 まさか新しい彼女……?


 私が高宮先輩とのことでこんなに苦労しているというのに、瑛太は新しい女の子を見つけてよろしくやってるってこと?


 ……気に食わない。


 私が瑛太と別れたのは、陰キャの瑛太が私に遠慮をしすぎることで付き合っていて刺激を感じなくなったからだ。

 それなのに瑛太はめっかわな女の子と付き合っているなんて到底許せるはずがない。


 そして私は『瑛太と別れたのは瑛太が無理矢理私に性行為を迫ってきたからだ』というありもしない噂を流すことを決めたのである。

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