第25話
純花が瑛太のあらぬ噂を流してから二週間が経過し、同級生からの瑛太に対する風当たりは日に日に強さを増していた。
風当たりの強さに耐えきれなくなった瑛太は、普段弁当を食べている教室ではなく、賢人と花穏と校舎裏に置かれたボロボロのベンチに座り弁当を食べていた。
「本当腹が立つな。嘘をついてる純花ちゃんもだし、その嘘を信じてる周りの人間も」
「ほんとそれだよ。私の友達でも結構その話してる人いてさ。ちゃんと乗っかっといた」
「いや乗っかるなよ⁉︎」
ツッコミを入れる瑛太だが、賢人と花穏が純花の発言は嘘だと信じ、瑛太側に付いてくれていることにはもちろん感謝しかない。
花穏もただふざけて冗談を言っているのではなく、冗談を言うことで瑛太を元気付けようとしてくれているのだろう。恐らく。
「ふっふふー。冗談冗談」
「まあ今はまだ二年生の中だけで済んでるからいいけど、全学年に広がっていくともう手が付けられないな」
賢人の言う通りこの噂が他の学年に伝播していることはなく、一年生と三年生からの瑛太を見る目は変わっていない。
しかし、同級生が瑛太を見る視線は、以前までの道端に落ちている石ころを見ている時のような視線とは全く違い、犯罪者を見る目線に変わっている。
何の根拠もない噂話をそこまで信用できるのは、今まで純花が積み上げてきた圧倒的信頼があるからだ。
陰キャで多くの人間とは関わろうとしていなかった瑛太と、陽キャで多くの人間と関わっていた純花とではその信頼に天と地ほどの差があるのは言うまでもない。
一定数瑛太に同情してくれている人間もいるが、ただ同情するだけで庇おうとする人間はいない。
純花という圧倒的評価を得ている人間の発言でもちゃんと疑うことのできる真っ当な人間であったとしても、瑛太と関わりがなければ助けたり庇ったりする必要はないからだ。
「まあもう十分手をつけられない状況だけどな」
賢人と花穏が味方をしてくれるのは心強いが、瑛太に対する風当たりが強くなっていること自体は変わらない。
その状況を改善する方法が見当たらず先が見えない状況は瑛太の心を蝕んでおり、もう不登校になりそうなレベルに到達している。
それでも不登校になれば純花の思うツボだし、心姫にも胸を張ることができなくなってしまう。
「……なぁ、大丈夫か?」
瑛太が生気を失ったような表情をしていたのが気になったのか、賢人は突然そんなことを訊いてきた。
瑛太を気遣った発言なのだろうが、瑛太ことを心の底から考えてくれていることが身に染みてわかるからこそ、瑛太は本当のことを言うことができなかった。
「……大丈夫だよ。賢人と花穏が一緒にいて話を聞いてくれるからな」
「ならいいけど……」
「無理しちゃダメだよ、瑛太」
少し前に瑛太が心姫に伝えた言葉を花穏から伝えられた瑛太は、人生何があるかわからないもんだと思った。
何にせよ今は耐え忍ぶしかないが、そう簡単な話でもない。
今なら四年以上もの間いじめを耐え抜いてきた心姫がどれだけ強い人間なのかということは、痛いほど理解できた。
◆◇
放課後心姫と二人で心姫の家の近くにあるドーナツ屋にやって来た俺たちは、ドーナツを購入してから席に座った。
「どうかしましたか? なんだか少し元気がないように見えますが……」
開口一番、心姫は俺の元気が無いことについて指摘してきた。
賢人にも気付かれてしまったが、人から見ると今の俺はそんなに元気が無い顔をしているのだろうか。
周りの人を心配させないためにも、空元気でいいから元気を出さないとダメそうだな。
心姫からはどうしたのかと訊かれたが、純花との一件を心姫に明かすつもりは無い。
俺がいじめられているという情報を与えてしまえば、心姫は自分のことよりも俺の問題を解決するために時間を使ってしまうかもしれないからだ。
俺が純花の件で悩んでいることを心姫に話してしまえば、優しい心姫は全力で俺に寄り添おうとしてくれるだろう。
そうなっては自分の状況を改善することが疎かになってしまう恐れがあるので、今はまだ、心姫には俺が不当な扱いを受けていることを言うことはできない。
「気のせいじゃないか? 個人的にはむしろ元気が漲ってる気がしてるんだが」
「そうは見えません。目の下にクマもできてますし、夜眠れていないのではないですか?」
「あーそうだな。最近ちょっとゲームにハマっちゃって。そのせいで寝不足なのかもしれない」
「……程々にしてくださいね。体調を崩されて学校に行けなくなってしまったら授業の遅れを取り戻すのも大変でしょうし」
……俺って本当恵まれてるよな。
俺の表情だけで、俺が落ち込んでいて大変な状況にあることに気付いてくれる友人が何人もいるのだから。
俺のことを大切に思ってくれている友人たちのためにも、不登校にはならずになんとか学校に通わなくては。
「ありがとな。心姫はどうなんだ? 最近学校は」
「相変わらずですね。地味な嫌がらせは続いてますけど、瑛太さんとか賢人さんと花穏さんと出会えたことで私の心はかなり回復してるので、まだまだ耐えられそうです」
心が回復しているのはいいことだが、いじめられている状況を心姫一人の力でどうにかするのは難しいのだろう。
俺がどうにかしてやれればいいんだが--ってまずは自分のことを片付けなければ心姫の力になんてなれないかもしれないけど。
「……そうか。俺も然りだけど心姫も無理すんなよ」
「はいっ。ありがとうございます。あっ、このドーナツサクサクで美味しい」
「美味そうだよなそれ。って言っても食べたことないけど」
「えっ、じゃあ一口どうぞ」
「えっ」
そう言って心姫はチュロスを丸めたような形状のドーナツを、何口か食べた状態で俺に差し出してきた。
以前ハンバーガーを食べた時に失ってしまった心姫と間接キスするチャンスが再びやってきたのだ。
とはいえここで飛びついてしまってはあたかも間接キスがめっちゃしたい人みたいだし、かと言って控えめになってしまえばまたチャンスを失ってしまうかもしれない。
「お嫌いですか?」
心姫からの絶好のアシストを受け、俺はドーナツをシェアすることにした。
「いや、いただくよ」
そして口に運んだドーナツは、いつもより味がしないような気がした。
「美味いな」
「ですよね」
心姫と会話をしているだけで、いじめで落ち込んでいた俺の心はいつの間にか少しだけ元気になっていた。
こうして知らず知らずのうちに俺を元気にできる心姫にそばにいてほしいと思うのは、当然の話である。
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