第26話
心姫に心配はかけまいと、俺が純花の嘘によって学校内で不当な扱いを受けている問題については心姫に伝えなかった。
心配をかけたくなかったのもあるが、そもそも心姫の耳に入るより前に事態を終息させることもできるかもしれなかったのだから、やはり心姫に純花の嘘の話を伝える必要は無かっただろう。
しかし、そんな俺の浅はかな考えは一瞬で打ち破られ、事態は急速に悪化して行き、俺の噂はついに学年を飛び越えて全校生徒に知れ渡ってしまった。
噂は光の速さで広まって行くと聞いたことがあるが、体感で言うと噂が広まる速度は光よりも早いように感じる。
心姫や賢人、花穏のように俺のことを信頼してくれる人間もいるが、あまりにも大勢の人間を敵に回した事で俺のメンタルは完全に死んでしまった。
そんな俺に追い討ちをかけるように、純花の広めた嘘は生徒だけでなく先生たちの耳にまで入ってしまったようで、俺は担任の
「矢歌、今校内で広まっている自分の噂については把握してるな?」
神妙な面持ちでそう訊かれた俺は知らないフリはせず正直に答えた。
「……はい。全て把握してます」
「そうか。じゃあとりあえず聞かせてくれ。その噂は真実なのか? それともデマなのか?」
木村先生からの質問に正直に答えたところで、木村先生だって俺ではなく普段から素行の良い純花のことを信じるだろう。
それでも今俺にできることは、訊かれたことに対して全て正直に答えることだけだった。
「……信じてもらえないかもしれませんが、あの噂はただのデマです」
自分でそう否定しておきながら、先生の立場に立ってみると自分が惨めでしかたがなかった。
普段物静かで生徒はおろか先生ともあまり会話をしたことがない人間の言葉なんて、そう易々と信じてくれるはずはない。
火のないところに煙は立たないという言葉もあるくらいなので、どう頑張ったって俺の話は信用してもらえないだろう。
そうなったら俺は謹慎、最悪の場合退学だって--。
「そうか。わかった。ならとりあえずは今まで通り学校生活を送ってくれ」
「……えっ、信用してくれるんですか?」
俺は木村先生からの予想外の回答に思わず口を開けた。
「ただの噂を真実として扱うわけにはいかないだろう。それにな、矢歌と芳野がどんな人間で、どちらの言葉に真実性があるかなんて真っ当な大人なら判断できるんだよ」
「木村先生……」
まさか木村先生がこれ程までにまともな大人だとは思っていなかった。
中には純花の噂を鵜呑みにして、頭ごなしに汚い言葉で罵るような大人もいるだろう。
純花に嘘の噂を流され、全校生徒から鋭い視線を向けられている俺は人間不信になりつつあったが、中にはこんなまともな人もいるんだな。
最近になって思う、俺は意外と人に恵まれているのかもしれないと。
「でもな、これが本当だった場合はおそらく謹慎、最悪退学なんて処分が降ってしまう可能性もある」
「……はい」
「今回の件が真実にしろ嘘にしろ、そのあたりは理解した上で今後も行動してくれよ」
「……わかりました」
「「先生!」」
俺と木村先生の会話が終わろうとしていたところで、職員室の扉を開いて飛び込んできたのは賢人と花穏だった。
「……えっ、賢人に花穏? どうしたんだこんなところまで来て」
「木村先生! 瑛太を退学にしないでください!」
「そっ、そうです。瑛太は少しだけお間抜けさんで、どうしようもない人間ではありますけど、悪い奴じゃないんです!」
どうやら二人は俺と木村先生の会話を盗み聞きしていたようだが、話が聞こえづらかったのか俺が退学になると勘違いしているらしい。
そしてそうならないよう木村先生を説得してくれているようだ。
相変わらず花穏の言葉が厳しいのは気になるが、それはきっと照れ隠しなのだろう。
「おっ、おい、お前ら、俺別に退学しないぞ?」
「「……え?」」
賢人と花穏は顔を見合わせた。
「えっ、だって今退学とかなんとかって……」
「あっ、じゃあ退学じゃなくて謹慎⁉︎」
「いや、謹慎もしないって」
「そうなのか?」
「先生は矢歌に、これが本当だった場合は謹慎、最悪なら退学なんて処分もあり得る、って言っただけだ。矢歌には今後も普通に学校に通ってもらうよ」
「「……よかったぁ」」
そう言って二人は地面に座り込んでしまった。
「早とちりすぎるって。後で俺から話聞いてもよかっただろ?」
「いや、だって瑛太が何か罰を受けるなんて絶対おかしいし、私たちで止めなきゃと思って」
「それはまぁ……ありがとう」
「……いい友達を持ったな」
「……はい」
俺は本当にいい友達を持った。
賢人と花穏、そして心姫がいなかったら俺はもうすでに完全に不登校になってしまっているだろう。
みんなには本当に感謝しかない。
……ただ、だからこそ、これ以上迷惑はかけられない。
特に賢人と花穏は同じ学校で俺が不当な扱いを受けているのを知っているし、それを見て俺のことを元気付けようとしてくれたり、問題を解決しようとしてくれている。
もちろん俺としてはありがたいし心強いのだが、最悪の場合火種が賢人と花穏に飛び火してしまう可能性もある。
これ以上迷惑をかけるわけにはいかない。
だから俺は一つの案を決めた。
「先生、一つ僕から提案があります」
「なんだ?」
「もう今週末には夏休みに入るじゃないですか」
「ああ。そうだな」
「これ以上騒がれたり話題になりたくはないので、夏休みに入るまでの一週間、自主的に不登校になります」
「「「……は?」」」
俺は精一杯考えて、最善と思われる決断を下した。
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