第27話

「あれってやっぱり矢歌君の彼女なのかな?」


 礼美の言葉を聞いた麻衣は、純花が発言する前に急いで話し始めた。


「いやいや、流石に彼女ではないんじゃない? 彼女の家の車で学校まで送迎なんてしてもらってたら同級生に見られて噂になる可能性もあるし、矢歌君の性格上そんなことしないと思うけど」


 麻衣は必死になって純花と礼美に、瑛太と同じ車に乗っていた女の子が瑛太の彼女ではないのではないか、と説いていた。

 それは麻衣の本心でもあったが、何よりも麻衣より後に登校してきた純花の表情が何やら不機嫌そうだったので、純花を刺激しないために瑛太と同じ車に乗っていた女の子は瑛太の彼女ではないと説いていたのだ。


 登校してくる純花が不機嫌であることを、麻衣は前日からある程度予想していた。

 それは昨日礼美がラインで、矢歌君が女の子と同じ車に乗って登校してきている、というメッセージを送ってきたからである。


 最近の純花は彼氏である高宮先輩と上手く行っておらず、麻衣と礼美に愚痴をこぼす日々が続いていた。

 これはもう爆発寸前だなぁ、なんて思っていたタイミングで礼美が火種を投下したので、これは明日大変なことになりそうだなぁと頭を抱えていた。


 そしてやはり純花は爆発しており、爆発してしまったからには純花が瑛太に対して何か嫌がらせをするのではないかと考えていた麻衣は、純花の瑛太に対する嫌がらせを未然に防ぐために、純花の気を治めようとしていた。


「まあその意見もわかるんだけど、純花も知らない女の子ってことは矢歌君のお姉さんだったり妹だったり親戚だったりって線も薄いじゃん? じゃあ彼女しかないんじゃないかって話だよ」


 せっかく麻衣が純花の気を治めようとしているというのに、礼美は火に油を注ぐような発言を繰り返す。

 そんな礼美に腹が立ちながらも、あまりにも否定しすぎると純花から麻衣が純花の気を収めようとしていることに気付かれてしまいそうなので、大胆に行動することもできなかった。


「ま、まあそれはそうなんだけど……でも私には矢歌君が学校まで彼女に送ってきてもらうような人には見えないんだけどなぁ」


「それは私もそうだけど、状況だけ見たらもうあれは彼女しかないでしょ。ねっ、純花もあれは矢歌君の新しい彼女だと思うよね?」


 礼美が純花にした質問の内容を聞いて、その質問はまずいと麻衣が思った次の瞬間--。


「……ゔぅ。ひぐっ……」


「え、ちょっ、純花ちゃん……?」


 麻衣がまずいと思った時には既に純花は泣き出していた。

 麻衣は純花の涙が嘘の涙であることを即座に理解したが、礼美にはその涙が嘘だと気付くことができないこともわかっていたので、もうどうしようもないと両手で顔を覆った。


 とはいえ流石の麻衣も純花がなぜ嘘泣きという真似を始めたかまではわからない。

 礼美が純花に「どうかしたの?」と訊いて、麻衣はゴクンと唾を飲み込んでから純花の話を聞いた。


「ずっと……ずっと我慢してたんだけどね……? 私、瑛太に無理矢理身体の関係を迫られて、それで別れることになったの」


「……っ」


 思わず「……は?」と言ってしまいそうになった麻衣だったが、その言葉をグッと飲み込んだ。

 麻衣は瑛太が無理矢理身体の関係を迫るような人間ではないと知っているので、高宮先輩と上手くいっていない純花がその腹いせに、瑛太を真っ赤な嘘で陥れようとしているということはすぐにわかった。


 このまま矢歌君を悪者にするわけにはいかないと、麻衣が「そ、それは流石に……」と純花に言おうとしたところで、礼美がその言葉に被せるように話を進めてくる。


「--何それ⁉︎  そんなのただの犯罪者じゃん!」


 犯罪者はどっちだよ⁉︎ と思った麻衣だったが、もちろんその言葉を口にすることはできない。

 

「ち、違うの、確かにあの時私も曖昧な態度でハッキリと断らなかったから、瑛太だけが悪いってわけじゃないんだけど--」


「なにそれ、そんなの全部矢歌君が悪いって!」


 礼美の大きな声に、教室中の視線が純花たちの方へと集まってくる。

 麻衣がなんとかしてこの流れを止めなければと思った時には時すでに遅し--麻衣にはそれ以上教室の空気をどうすることもできなかった。


 それからしばらくして瑛太が教室に入ってきて、礼美が瑛太にビンタをした瞬間、純花がしたり顔を見せたのを麻衣は見逃さなかった。

 どこからどこまでが純花の作戦かはわからないが、礼美は完全にすみかの手のひらの上で踊らされていた。


 もしかしたら麻衣が純花を止めることができないというのも、純花はわかった上での行動だったのかもしれないと考えると、麻衣は震えが止まらなかった。

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